亡霊を生んだ刑務所5選

死刑囚死刑執行人が死んだ後も、彼らの霊が目撃され続けた刑務所をご紹介します。

ある死刑囚の死刑が執行された際、その者が無実を訴えていたという例は、数は少ないですが存在します。

また、死刑囚ではなくとも、苛烈を極める懲罰を受けて自殺に追い込まれた囚人も珍しくないのです。

一方、死刑を執行する側の人間も、精神的な重圧に絶えきれず、自ら命を絶つ場合があります。

彼らに共通しているのは、社会に対するやりきれない思いを抱えたまま死に至った可能性が高いということ。

そして、そんな思いが「亡霊」として刑務所内に残留しても不思議ではありません。

【スポンサーリンク】

1 無実を主張し続けた男の呪い

裁判

米国イリノイ州パクストンにあるフォード郡立刑務所は、1870年代に建設され、現在では観光地の一つになっています。

ただ、普通の観光地と異なるのは、ここで「ある男」の霊が頻繁に目撃されていたこと。

その男の名は、フレデリック・ホルマン

彼は1883年にドイツからアメリカに移住し、1896年の6月にウィスコンシン州とイリノイ州で連続殺人を犯しました。

そして翌年の5月、フォード郡立刑務所にて死刑が執行されたのです。

実際に裁判で取り上げられなかった事件を含めると、ホルマンが殺害した人数は17人に上ると見られており、このことから彼はアメリカで最初の連続殺人犯となっています。

ホルマンは裁判の中で一貫して無罪を主張し、また、死刑執行の直前に受けたインタビューで彼はこう語っています。

俺が死んだら、捜査関係者や目撃者、陪審員どもの目の前に毎晩俺の亡霊が現れることになる

俺は奴らの墓場まで付きまとうつもりだ。

毎晩家の窓を叩く俺の姿を奴らは目にすることになるだろうね。

窓

ここまでの恨み節が出て来るということは、ホルマンは本当に無実なのか…。

それは定かではありませんが、何れにせよ、彼が有言実行タイプの人間であることはすぐに証明されました。

ホルマンの絞首刑が執行されてから、彼がいた独房の周辺でその亡霊を見たという者が増え始めたのです。

中には、人の姿が見えないのに「」を聞いたという者も…。

2 地獄へのメッセンジャー

斧

アメリカで最初の女性の連続殺人犯は、ラヴィニア・フィッシャーであるとされています。

彼女は夫のジョンとともに残忍な犯行を繰り返していました。

具体的な手口は、旅行者を見つけると言葉巧みに自分たちのアジトに招き入れ、毒入り紅茶を飲ませてからトドメに斧でザクッ

その後、被害者の所持品から金目の物を取っていたのです。

1820年、殺される直前にアジトから逃げ出した被害者が警察に助けを求め、フィッシャー夫妻の悪事が明るみに。

家

彼らのアジトが捜索されたとき、そこには30体近くの死体があったとか。

二人は逮捕され、裁判の結果双方に死刑が宣告されました。

ところが、当時、彼らの裁判が行われたサウスカロライナ州の法律では、夫のいる女性に死刑を執行することが出来なかったのです。

そこで、まず夫のジョンから死刑が執行され、その次に、未亡人となったラヴィニアの絞首刑が行われることに。

その公開処刑が執行される際、彼女は極めて反抗的な態度を続け、さらに、観衆に向かってこう言い放ちました。

地獄に向けたメッセージがあるならアタシが伝えといてあげるよ。

その直後、自ら輪っかに首を通し、足元の台を蹴って命を絶ちました。

そして、無縁墓地にラヴィニアの死体が埋葬されてから、彼女の首だけが空中を漂っているのが目撃されるようになります。

霊

1886年に大地震が起きてからは、ラヴィニアの全身を見たという人も現れ始め、また、ある有名な調査チームは、彼女の霊と会話をしたと主張しています。

3 ブラックプールの毒殺事件

ドラッグ

イングランドのマンチェスターに1868年に建築されたストレンジウェイズ刑務所(現HMPマンチェスター)では、1965年にイギリスで死刑が廃止されるまで、100人以上の死刑執行があったとされています。

その中には、ルイザ・メイ・メリフィールドという死刑囚も含まれていました。

彼女は、ノースウェスト・イングランドのブラックプールで、遺産目当てで老婦人を毒殺し、死刑を宣告されたのです。

そして、メリフィールドの死刑が執行されてから、亡霊となった彼女が刑務所内を彷徨い続けたと言われています。

幽霊

実際に目撃した人の話では、亡霊はハッキリとした人間の姿をしており、5秒ほど移動すると消滅したとか。

また、目撃者の体を霊体が通過すると、急激に体温が低下するのを感じたそうです。

さらに、この場所に現れた霊は彼女だけではありません。

同刑務所にいた職員の話によれば、死刑囚が入れられていた独房には、黒いスーツを来てブリーフケースを持った男の霊がしばしば目撃されたとか。

男

そして、その亡霊の「正体」であるとされているのが、ジョン・エリスという男。

彼は、この刑務所で23年間、死刑執行人としての役目を担い、その後自殺しました。

一説によれば、ここで処刑された死刑囚たちの霊を然るべき所へ導くために、エリスの霊が現れるようになったのではないかと言われています。

【スポンサーリンク】

4 死刑囚の亡霊に追われる死刑執行人

ロープ

19世紀後半、米国カリフォルニア州のサン・クエンティン州立刑務所で、看守兼死刑執行人として勤務していたアモス・ラントという人物がいます。

彼が行っていた死刑の方法は絞首刑で、本来ならこれは一瞬で死刑囚の命を奪う、ほとんど苦痛を伴わない方法のはずなのです。

しかし、ラントが実際に行った死刑の中には、予定通りにいかず、死刑囚に無用の苦しみを与えてしまったケースもいくつかありました。

そして、彼はそういった死刑囚に対して次第に強い罪悪感を抱くようになります。

あるとき、ラントは同僚にこう語りました。

血まみれの幽霊が、私の首にロープを巻きつけようとしてくるんだ。

彼らはずっと追いかけて来る。

いずれ私は殺される…

彼につきまとっていた幽霊の数は全部で21体もいたとか。

恐怖のあまり、ラントは夜でも自室の明かりを点けることが出来ず、食事の量は激減。

寝ている間に殺されると信じていた彼は、最高で12日間眠らずにいたこともありました。

やがて、彼は正気を保つことが出来なくなり、それと同時に死刑執行人の仕事も失うことになったのです。

5 囚人を狂者に変える極悪刑務所

孤独

米国ペンシルベニアで1829年から1971年まで使われていた東部州立刑務所は、重犯罪を犯した者が集められ、なおかつ世界的に見て当時もっとも金をかけた刑務所でした。

この場所で、囚人たちを更正させる方法として採用されていたのが、徹底した「隔離」。

彼らは1日23時間を独居房で過ごし、食事なども含めてあらゆる行動を独りだけで行うのです。

運動のために僅かな時間だけ外へ出ることができますが、運動をするための場所でさえ、各独居房とつながった小さな部屋になっており、他の囚人との接触は一切ありません

やむを得ず独居房から外に出なければならない場合は、首から上を頭巾でスッポリと覆ってしまい、視界を奪っておきます

マスク

ここまで隔離措置にこだわった理由は、囚人に反省を促す狙いがあったからですが、実際は彼らを狂人にしてしまうことも多かったとか。

これだけでも十分に過酷ですが、さらに厳しい懲罰が日常的に行われていました。

雪

例えば、真冬の凍えるような寒さの日に冷水の張られた浴槽を屋外に用意し、そこに囚人を入れて動けないように体を固定します。

風呂から出られるのは、体の表面に氷が出来たときのみです。

椅子

他には、「マッド・チェア」と呼ばれるものがあり、これは、囚人を椅子に座らせた状態で手足をきつく縛って身動き一つ取れないようにする懲罰。

血液の循環が阻害されたまま数日間も放置されるので、手や足を切断せざるを得ない状態になることもあったのです。

ネズミ

また、刑務所のルールを破った者は、大量のネズミが群がる特製の地下室に放り込まれ、暗闇の中での日々を過ごします。

これらの常軌を逸した罰により、囚人の多くは精神に異常を来したり、病気にかかったりし、中には自殺する者もいました。

ある意味、この刑務所に収監されること自体が、実質的には死刑執行そのものだったと言ってよいかもしれません。

非人道的な環境に置かれて死亡した囚人の数は、記録に残っていないものの相当な数であるのは間違いないでしょう。

このような経緯を考えると、この刑務所が閉鎖されてから幽霊の目撃談が絶えなかったのは自然なことです。

報告されていた現象は、悲痛な表情の顔を見た、足音が近づいてきた、うめき声を聞いた、ドアが勝手に開いた、など。

アメリカで最も呪われた場所の一つに数えられるこの刑務所は、現在は人気の観光スポットになっています。

【スポンサーリンク】


 

サブコンテンツ

このページの先頭へ