最も狂った暗殺計画7選

信じがたい手段で要人を亡き者にしようとした事例をご紹介します。

政界の重要人物などを殺害するのは、当然ですが必ず計画的に行われます。

たまたま側にいた防衛大臣にカチンときたから衝動的に殺した、などというのは恐らく過去に例が無いでしょう。

また、殺害を実行するのはプロの殺し屋特殊部隊などである場合がほとんど。

要するに、絶対に失敗の無いように細心の注意を払うわけです。

しかし、時には奇抜すぎる計画を立ててしまったがために、とんでもない結末になることもあります。

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1 暗殺が成功するまで諦めない男

毒

ローマ帝国の第5代皇帝であるネロは、その治世において暴虐の限りを尽くしたことで知られています。

彼は、母親のユリア・アグリッピナとの間に軋轢が生じたとき、彼女を毒殺することを企てました。

政敵を排除するために毒殺という手段を用いることが多かったネロにとって、これはいとも容易いことだったはず。

しかし、一回目の試みは、彼女がすぐに解毒剤を飲んだことで失敗に終わります。

同様に、二回目三回目も解毒剤によってアグリッピナは暗殺計画を阻止しました。

立て続けに三回も毒殺に失敗したネロが次に考えた計画は、アグリッピナの寝台に細工を施し、彼女が寝ている間に鉛製の天蓋がズドンと落ちて圧死させるというもの。

ベッド

ところが、この計画も失敗に終わります。

次に考案した殺害手段は、船を改造し、沖まで出たら船底が開いて沈没するような状態にしてから、彼女をそれに乗せるというもの。

予定通り船は沈んだのですが、タフなアグリッピナは自力で海岸まで泳ぎ、これまた暗殺は失敗。

いい加減アタマにきた暴君ネロは、もっと直接的な手段に出ます。

剣を携えた3人の男にアグリッピナを襲撃させたのです。

そして今回ばかりは彼女も暗殺者を阻止できませんでした。

2 斧を持ったクマに殺された人間

クマ

17世紀前半、ヨーロッパで三十年戦争が繰り広げられているとき、スイスで強い政治的影響力を持っていたヨルグ・イェナチュという人物がいます。

あるとき、地元でカーニバルが催され、彼は居酒屋で仲間と盛り上がっていました。

そこへ仮面を付けた男たちがやって来て、自分たちも輪に加わりたいと申し出ます。

カーニバル

町はカーニバル一色ですから、仮面を付けていること自体は別に不自然ではありません。

ただ、彼らの中に一人だけ、全身をクマの着ぐるみで覆った者がいたのです。

しかも、なぜかその手にはが…。

斧

いつ命を狙われてもおかしくないほど敵が多いのを自覚していたはずなのに、酒に酔っていたせいか、イェナチュは彼らをすんなり迎え入れます。

そして、クマとイェナチュが握手を交わした瞬間、クマは斧で目の前の男をザックリ

一説によると、その斧はイェナチュがライバルを殺すときに使用した物で、クマは仲間を殺された復讐を果たすために彼の前に現れたのだとか。

結局、クマを含む謎の集団の正体が明らかになることはありませんでした。

3 殺人ハミガキ粉

ハミガキ粉

1960年6月24日、コンゴ共和国で初めて民主的な総選挙が行われ、パトリス・ルムンバが首相に選ばれました。

ところが、彼の政権に反対する勢力が活発になり、いきなり政局は不安定に。

これを打開するべく、ルムンバはソ連と親密な関係を築こうと考えます。

核兵器開発に必要なプルトニウムが豊富に眠っているコンゴは、ソ連にとっても重要な国。

互いの利害は一致していました。

しかし、両国が接近していくのを冷戦下のアメリカが黙って見ているはずがありません。

CIA(中央情報局)は、ルムンバ暗殺を計画します。

洗面台

そのための手段が「殺人ハミガキ粉」。

即効性のある毒を練り込んだハミガキ粉を、ルムンバが使用する洗面台に置いておこうと考えたのです。

ところが、CIA内部から反対意見が出たため、この計画が実行に移されることはありませんでした。

ルムンバとしては命拾いしたわけですが、1961年1月17日、クーデターの騒乱の最中に彼は命を落としました。

4 リンカーンを殺して猛ダッシュで逃げた男

リンカーン

1865年4月14日午後10時13分、アメリカ合衆国第16代大統領であるエイブラハム・リンカーンは、ワシントンDCのフォード劇場で暗殺されました。

犯人はジョン・ウィルクス・ブース

ちなみに彼は俳優でもあります。

この日、ブースとその仲間の計画では、リンカーン大統領を含め3人が死ぬことになっていました。

一人は国務長官であるウィリアム・スワード

その暗殺を任されたルイス・パウエルは、スワードの自宅を訪れ、事故で寝たきり状態のスワードのために薬を持ってきたと告げます。

ドア

半ば強引に家に入ったパウエルは、スワードの家族から抵抗に遭いますが、鉄拳で彼らを黙らせてスワードが寝ている部屋へ。

そして、ベッドに横たわるスワードをナイフで襲います。

大量の流血を目の当たりにし、目的を達成したと確信してパウエルはそのまま逃走。

しかし、この時スワードはまだ生きており、後に彼は回復しました。

もう一人のターゲットは副大統領のアンドリュー・ジョンソン

彼を殺すはずだったジョージ・アツロットは、殺害を実行する直前に怖気づいてしまい、酒を呷って酔い潰れていました。

二人の暗殺に失敗し、最後に残ったのがリンカーン大統領。

ブースは、観劇中の大統領に至近距離から発砲し、目的を遂げます。

バルコニー

そして劇場のバルコニーから外に飛び降り、脚を骨折しながら観客に言い放った有名な台詞が…

独裁者は常にこうなる運命だ!

その後、負傷した脚で12日間も逃げ続けましたが、最後は射殺されています。

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5 弾丸を43発打ち込んで暗殺失敗

イラク

サッダーム・フセインがイラク共和国の大統領になるかなり以前、彼はバアス党のために暗殺部隊として活動することがありました。

1959年10月、サッダームは、当時のイラク首相であったアブドルカリーム・カーシムを暗殺する使命を帯びます。

彼が実行に移した暗殺計画はあまりにも単純。

サッダームは仲間6名を引き連れ、まずはカーシムを待ち伏せします。

彼の車が近づいて来たら、その前方と両サイドを7人で取り囲み、一斉射撃を行ったのです。

小説や映画に登場する暗殺者のようなスマートさは微塵もありません。

そしてこの時、ある重大な事実に彼らは気づいていませんでした。

それは、「外れた弾丸は何かに衝突するまで進み続ける」ということ。

車

〈まさにカオス状態〉

つまり、車に向けて撃って外れた弾は、反対側にいる仲間に向かって飛んでいくのです。

カーシムを殺すために7人の男が銃を撃ちまくった結果、彼らの一人が仲間の誤射により死亡

サッダームも脚を撃たれました。

カーシムの乗っていた車には43発の弾丸が撃ち込まれていましたが、死亡したのは運転手のみ。

カーシムは軽傷で済みました。

6 肛門大爆発

警察

ムハンマド・ビン・ナーイフは、サウジアラビアのテロリストを一掃することに尽力した政治家です。

そんな彼の暗殺を目論んでいたのが、アブドゥラ・アル=アシリという男。

具体的な殺害方法として、自爆テロを計画していました。

しかし、ムハンマドほど影響力のある人物であれば、そのような自殺攻撃には普段から十分警戒しています。

彼に近づく者は、バッグの中やジャケットの内側に爆弾を隠し持っていないかを厳しくチェックされるのです。

そこでアブドゥラは妙案を思いつきました。

絶対にチェックされない場所に爆弾を隠したのです。

それは、肛門

肛門

彼は自分のお尻の穴に爆弾を突っ込んでから、ムハンマドの事務所に赴きます。

そして、テロリストであることを悟られぬようドキドキしながら面会を申し込みました。

意外とアッサリお目通りが叶ったアブドゥラは、ムハンマドと固い握手を交わします。

その瞬間、もう一方の手に持っていた無線機で「ケツ爆弾」を起爆。

人間の体が、ケツを中心に爆発しました。

爆発

全てはアブドゥラの予定通りです。

一点を除いては…

アブドゥラが自分のケツをふっ飛ばした後も、ムハンマドは無傷で立っていました。

その時の心境を、ムハンマドはこう語っています。

いきなり彼の体が爆発して驚いたよ…。

もうお気づきでしょうが、アブドゥラの犯した致命的なミスは、爆弾の量が少なすぎたこと。

お尻に詰め込んだ爆弾は、自分の体を爆破させただけに終わったのでした。

7 高さ20mまで車をふっ飛ばして暗殺

車

最後にご紹介するのは、歴史上最も派手な暗殺です。

1973年、南仏と北スペインにおけるバスク地方の開放を目指す武装グループが、スペインのルイ・カレーロ・ブランコ首相の暗殺を目論みます。

その作戦名は「オペレーション・オーガ」。

実行を担当するメンバー4人は、首相の車がよく通る道に面したアパートを見つけ、美大生を装ってその地下の部屋を借ります。

アパート

早速、道路の真下に到達するトンネルを掘ろうとしたものの、用意したツルハシが大きすぎて使い物にならないことが判明。

仕方なく手で掘り進めていくと、今度はメンバーの中に閉所恐怖症の奴がいることが発覚。

それでもとりあえず掘り続けると、下水管とガス管から漏れてくる異臭により、坑の中は地獄と化しました。

地下

そして、幾多の困難を乗り越えてようやくトンネルが完成。

彼らは、道の真下に爆弾をたっぷり80kg設置します。

1973年12月20日、カレーロ・ブランコの乗った車がトンネルの上の道を通過。

それと同時に起爆スイッチを入れます。

車

車は20mの上空まで吹っ飛び、教会の建物を越えて落下しました。

信じがたいことに、車に乗っていた者の中でカレーロ・ブランコだけが生き残ったのです(ただし、この時の怪我が元で後に死亡)。

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