最もIQの高い殺人鬼5選

ずば抜けた知能を持ち合わせていながら、その能力を連続殺人に活かしてしまった人々をご紹介します。

1 7ヶ国語を話す男娼

言葉

カリフォルニア出身のアンドリュー・クナナンは、IQ147というだけあって、学生時代の成績が極めて優秀で、一説によれば7ヶ国語を操ることができたとか。

しかし、その一方で、彼は重度の「虚言癖」を抱えており、それが原因でトラブルの多い学校生活を送るハメになります。

それに加えて、家庭環境にも色々と問題がありました。

クナナンが19歳の時、彼の父親は、自らが犯した横領の罪を免れるために家族を見捨てて突然失踪

同じ年、クナナンは自分がゲイであることを母親に知られ、口論の末に暴力を振るいます。

大学を中退したあとは、男娼として金を稼ぎながら窃盗薬物に手を染めるようになりました。

ゲイ

理由はハッキリしていませんが、クナナンは1997年から人殺しを始めます。

最初の犠牲者は元恋人。

二人目は建築家。

三人目は不動産開発業者。

この時点でクナナンは、最重要指名手配犯の上位10人の一人としてFBIから目を付けられます。

そして四人目は墓地の管理人。

三人目までと異なり、この人物はクナナンとの関係が不明です。

その後、彼はマイアミに渡り、世界的に有名なファッション・デザイナーのジャンニ・ヴェルサーチを射殺

その8日後、クナナンは拳銃で自殺しました。

FBIが最後まで彼を逮捕できなかったことと、彼の知能の高さは決して無関係ではないでしょう。

ちなみに、クナナンが何故ジャンニ・ヴェルサーチを殺害したのかは、今でも大きな謎とされています。

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2 文武両道の大男

男

1948年にカリフォルニアで生まれたエドモンド・ケンパーは、連続殺人犯にありがちなこととして、幼少期より母親から虐待を受けていました。

その影響からか、15歳のときに父方の祖父母を殺害

この時より、彼の血塗られた人生が始まります。

ケンパーの殺害手段は非常に残酷で、捜査官をして「根っからの殺人者」と言わしめたほど。

他の殺人犯と一線を画する、彼の最大の特徴は、IQ145という高い知能指数に加え、身長205センチ体重135キロという大男であったことです。

圧倒的な頭脳と肉体を持つケンパーの前では、彼に狙われた者は全くの無力。

ケンパーの犠牲になったのは主に女性で、合計10人と見られている被害者のなかには、実の母親も含まれていました。

足がつくようなヘマを犯行時にやらかすことは無く、警察は実に9年間も捜査を続けていながら彼を捕まえることが出来なかったのです。

結局、ケンパーの身柄が警察によって確保されることになったきっかけは、「自首」。

彼は、裁判で死刑を宣告して欲しいがために、自ら警察に出頭しました。

10人も殺していれば、間違いなく彼の望み通りに死刑判決が下されそうですが、当時のカリフォルニア州では死刑制度を廃止していたため、ケンパーには終身刑が下されました。

3 殺人の合間にテレビに出ていた男

テレビ

テキサス州サンアントニオ出身のロドニー・アルカラは、1977年から1979年の間に、判明しているだけで8人の女性を殺害しました。

ただ、実際に彼が殺した数はそれよりもはるかに多いと見られており、50人は下らないという人もいれば、優に100人を超えているはずだという人もいます。

IQ160を誇るアルカラは、学生時代の成績も申し分なく、また、ピアノを嗜み、芸術の分野でも才能を発揮していました。

そんな彼は、天才ゆえの余裕なのか、連続殺人を行っている合間に、テレビ番組に一般人として参加していたのです。

ザ・デイティング・ゲーム』という、恋人探し系のその番組では、一人の女性が、姿を隠された独身男性3人に対していくつか質問します。

それによって、最終的にデートに誘ってもいいと思う男性の番号を選ぶ、という段取りでした。

デート

1978年9月13日、アルカラはこの番組にエントリーナンバー1の男性として出演し、見事に女性からデートのお誘いを受けたのです。

ただ、残念なことに、彼女はその後実際にアルカラと別室で会話をしてみて、デートの話を無かったことにしました。

その理由は、彼がちょっと「気味悪かった」からだそうです。

2010年、裁判でアルカラには死刑判決が下されました。

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4 10歳から殺人を繰り返していた男

子供

アイオワ州出身のキャロル・コールは、14歳のときにIQテストで152という驚異的なスコアを出しました。

ところが、その高い知能指数とは裏腹に、学校の成績はいつも平均以下。

その理由は、彼が育った環境を知れば明らかです。

幼少期のコールは、自分の母親が浮気相手と寝室で行為に及んでいるところを日常的に見ていました。

ベッド

これは、たまたま見ていたのではなく、見ることを強要されていたのです。

それでいて、コールの母親は、浮気の事を口外させないために彼を虐待していました。

このことが原因で、彼は子供の頃から精神面が極めて不安定だったのです。

また、ファーストネームの「キャロル」が女の子っぽい名であることから、コールは学校でよくイジメに遭っていました。

湖

10歳のとき、彼は、名前のことをバカにしたクラスメートを湖で溺れさせて殺害

当時、これは「不幸な事故」として処理されましたが、後にコールは自分が犯人であったことを告白しています。

母親からの虐待により、女性に対して歪んだ感情しか抱くことができなかったコールは、しばしば女性を攻撃・殺害の対象としていました。

彼が標的にしたのは、自分の母親と似たような側面を持った女性ばかり。

犠牲者の数は全部で16人とされており、その中には自分の妻も含まれています。

これらの殺人事件に関し、コールは警察から事情聴取を二度受けていますが、その巧みな話術でもって二度とも釈放されました。

しかし、1984年10月、コールは裁判で遂に死刑判決が下されます。

翌年、その死刑が執行される直前、彼は報道陣の前でこうコメントしました。

「自分で滅茶苦茶にしてしまったこの人生を、もうこれ以上生きたいとは思わない」

ちなみに、コールは死刑判決を受けたとき、裁判官に向かって「Thanks」と言ったそうです。

5 ユナボマー

爆弾

1942年にイリノイ州で生まれたセオドア・カジンスキーは、幼い頃、その聡明さゆえに周りの大人からは「神童」と呼ばれていました。

学校の成績は常にトップで、わずか16歳にして名門ハーバード大学に入学。

専門分野は数学で、1967年にはカリフォルニア大学で准教授の職を手にします。

このとき、カジンスキーは25歳

IQ167という頭脳を活かして研究に専念すれば、前途洋々だったはずですが、彼はいくつか深刻な問題を抱えていました。

その一つは、現代社会のテクノロジーに、嫌悪感を通り越して敵愾心を持っていたこと。

パソコンをいじるなど論外です。

もう一つは、性同一性障害

彼は、女性に性転換することを真剣に考えていました。

こういった悩みをこじらせた結果、カジンスキーは准教授をたった2年で辞めてモンタナ州リンカーン郡に移住。

電気も水道も無い小屋で、完全な自給自足の隠遁生活を送るようになりました。

小包

1978年から1995年にかけ、主に大学教授をターゲットにして、カジンスキーは継続的に爆弾の入った小包を郵送。

これにより、3人が死亡23人が負傷しました。

小包には数学的な暗号文が同封されていましたが、専門家をもってしても解読はできなかったとか。

FBIは犯人を全く特定できず、仕方なく「UNABOM(UNiversity & Airline BOMber)」というコードネームで呼んでおり、それにならってマスメディアが「ユナボマー」と名付けました。

17年もの間、この爆弾魔の正体を誰一人としてつかむことが出来なかったわけですが、1995年に遂にユナボマーは逮捕されます。

そのきっかけは、彼が新聞社に送った声明文です。

筆跡

テクノロジーを嫌悪するカジンスキーは、当然のごとくその声明文を手書きで作成していました。

それがそのまま新聞に掲載されてから程なくして、彼の親戚が、筆跡の特徴からカジンスキーが犯人かもしれないということを警察に告げたのです。

その後、彼は裁判で仮釈放なしの終身刑を言い渡され、現在も服役中です。

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