実際に使われた驚くべき殺害手段5選

普通では考えられない手段で殺害を試みた事例をご紹介します。

普段のニュースで報じられる殺人事件は計画性も無く、感情に任せて突発的に行われたものであることがほとんどです。

しかし、中には非常に奇抜な殺害計画を立て、それを実行した例もあるのです。

【スポンサーリンク】

1 殺人カメラ

カメラ

1946年12月、ニューヨークのタイムズスクエアにある地下鉄構内で、19歳のパール・ラスクという女性が身なりの良い男に突然声をかけられました。

男の話を聞くと彼は刑事で、宝石窃盗犯の女を追っている最中とのこと。

そして彼は、その犯人の写真を撮る必要があるが自分の存在が気づかれるとマズイので、代わりにその窃盗犯の写真を撮って欲しいとパールに頼んできたのです。

人を疑うことを知らないパールはどう見てもただのカメラには見えない怪しい箱を受け取ります。

そして犯人と思われる女に向けて彼女がシャッターを押した瞬間、銃声とともに目の前の女が崩れ落ちたのです。

弾丸

この時パール本人は、自分がシャッターを押したのと同じタイミングで第三者が銃を撃ったのだと思っていたらしいのですが、もちろんこの弾丸は彼女が構えていた「カメラ」から発射されていました。

パールが周りを見渡すと、先ほどの刑事は既に人混みの中へ…。

この事件の真相はこうです。

刑事を騙った男はアルフォンス・ロッコというギャングの一員で、彼は別れた元妻を殺すために銃を中に仕込んだ特製カメラを作り、それを無関係な通行人、すなわちパールに手渡して元妻の写真を撮るように頼んだのです。

親切心が仇となって殺人事件に巻き込まれたパールでしたが、幸い弾丸は元妻の足に命中したため、他人の命を奪うことは避けられました。

その後、首謀者であるアルフォンス・ロッコは逮捕されています。

2 死の携帯電話

携帯

イスラエルに対してテロ行為を繰り返していた「イスラム原理主義組織ハマス」の中で、爆弾製造を担当する「エンジニア」と呼ばれる男がいたのですが、この男をどうするかというのがイスラエル公安庁にとって大きな課題となっていました。

1996年、公安庁はエンジニアの行動パターンを十分に把握した上で、ある計画を立てます。

エンジニアは携帯電話を持っておらず、必要なときはルームメイトであるオサマ・ハマドから借りていたのですが、そこに目を付けた公安庁は、ハマドの叔父を通じてハマドの携帯を公安庁謹製の携帯と交換させたのです。

その携帯にはもちろん盗聴器が仕掛けてあったのですが、それに加えて爆弾も内蔵されていました。

盗聴器から聞こえてくる音声によってエンジニアが電話を使用しているのが分かると、遠隔操作で爆弾を起爆

ばくはつ

エンジニアのすぐ側にいたと思われるルームメイトは、目の前で人間の頭部が吹っ飛ぶ瞬間を目撃するハメになったのでした…。

3 ブルガリアン・アンブレラ

傘

ブルガリアから亡命し、その後は作家として活動していたゲオルギー・マルコフを抹殺するのに使われたとされているのが「ブルガリアン・アンブレラ」と呼ばれる凶器です。

1978年9月7日、ロンドンにあるウォータールー橋のバス停にいたマルコフに、何者かの傘の先が「偶然」当たりました。

他人の傘の先が当たることなど珍しくはないので、彼は別段気にかけなかったのでしょうが、この時の傘、すなわちブルガリアン・アンブレラには、リシンという毒物を詰めた微小な弾を空気圧で傘の先端から発射する機構が備わっていたのです。

マルコフの気づかぬうちに注入された「リシン弾」は、外殻が体温で溶解して中の毒が体内に広がるようになっていました。

その後、急に激しい発熱に襲われたマルコフは、誰かに毒を盛られたことを悟ったものの、それがバス停で傘に当たった時であるということに気付くことは無かったのです。

後に警察が行った捜査で、この暗殺の背後にはブルガリアの秘密警察KGB(ソ連国家保安委員会)がいたと見られています。

【スポンサーリンク】

4 新聞の男

新聞

1957年10月12日、ウクライナ出身の反共産主義者で、政治記者をしていたレヴ・レベットがミュンヘンの町を歩いていると突然その場に倒れこみました。

彼の命を奪ったのは、殺虫剤などにも使われている「シアン化水素」という毒性物質。

そしてレベットを殺害した犯人は、彼のすぐ近くで新聞を広げている男だったのです。

その男が新聞の下からスプレーでシアン化水素の液体をレベットに向けて噴射したのですが、ごく普通に新聞を読んでいる男性を警戒するはずもなく、レベットは咄嗟に反応することができずに「死のスプレー」を浴びることに。

スプレー

警察の調べで、レベットの死因は心臓麻痺と認定されたのですが、犯人の行方はつかめないままでした。

その後、1961年になってようやくこの「新聞の男」の正体がKGBのエージェントであることが判明したのです。

5 催眠術

農業

1894年、カンザス州で農業を営んでいたアンダーソン・グレイという男性が、近所に住む男によって射殺されるという事件がありました。

実はこの殺人事件、銃を撃った男は催眠術によって操られていたのです。

顔

事件の黒幕は、グレイと同じく農業を営み、彼とはライバル関係だったトーマス・パットンでした。

パットンは殺害の実行役をさせる男性に催眠術をかけ、グレイを殺さなければ自らの命が危険に晒されると信じこませたのです。

その結果、術にかかった男性はグレイの殺害を決行したのでした。

後の裁判で、パットンには死刑が求刑されたものの、証拠不十分で釈放されています。

【スポンサーリンク】


サブコンテンツ

このページの先頭へ