真犯人と間違われた不運な人々5選

自分が犯したわけでもない罪で悲惨な目に遭った人々をご紹介します。

1 新聞を見たら殺人犯になっていた女

新聞

1980年5月8日の早朝、テキサス州ダラスに住むジョイス・アン・ブラウン(33)は、朝刊を読んでいて愕然としました。

自分が強盗殺人犯の容疑者になっていたのです。

この二日前、毛皮専門店に強盗が押し入り、店主の男性が殺害される事件が発生しました。

犯人が乗り捨てたと思われるレンタカーの利用履歴から、容疑者の名前が「ジョイス・アン・ブラウン」であると判明します。

逮捕歴のある者を警察がデータベースで調べていると、売春の容疑で捕まったことのあるブラウンの名前を発見。

事件発生当時、殺された店主の妻が犯人を目撃していたので、彼女にブラウンの写真を見せたところ、強盗犯に間違いないとの証言を得ました。

ブラウンには、売春に絡んで逮捕された過去が確かにあります。

手錠

しかし、強盗事件は全く身に覚えがない話。

彼女は身の潔白を証明すべく、自ら警察に出頭します。

ところが、無実を証明するどころか、そのまま刑事裁判が始まり、終身刑を食らうはめに。

その後の捜査で、レンタカーを借りた「ジョイス・アン・ブラウン」なる人物とつながりのある者が、事件の真犯人だと判明。

結局、事件と無関係なブラウンは9年間を刑務所で過ごし、ようやく自由の身となりました。

【スポンサーリンク】

2 車に乗ったら脱獄犯になっていた男

ロンドン

1983年1月某日、フィルム編集の仕事をしているスティーブン・ウォルドーフが、ロンドン市内で車を運転していました。

渋滞に巻き込まれ、別のルートで行こうかなどと考えていると、何故か警察官が二人ウォルドーフの方へと近づいてきます。

特にそれを気にすることなく、彼は後部座席に置いた物を取ろうと振り返りました。

その瞬間、警察官がウォルドーフの車に目がけて発砲

発射されたのは合計5発

弾

驚いたウォルドーフが、ほうほうの体で車から出てくると、すぐに警察官に取り押さえられました。

ド派手に交通違反を犯したわけでもないのにこの仕打ち。

この悲惨な状況の理由は、警察がウォルドーフのことを、ある脱獄犯と間違えていたからです。

その脱獄犯とは、警官に対する殺人未遂で実刑を食らい、その後刑務所を抜け出したデイヴィッド・マーティン

しかし、ウォルドーフとマーティンは外見が全く似ていないにも関わらず、なぜ警察は間違えたのか。

実は、マーティンの彼女がウォルドーフに気づかれることなく彼の車に忍び込み、後部座席の所に身を隠していたのです。

女が車に乗るのを目撃した警察官は、その車がマーティンのものだと誤信。

さらに、ウォルドーフが急に振り返ったのを見て、警察官は彼が銃に手を伸ばしたものと勘違いし、発砲したのです。

その後、二人の警察官は殺人未遂の容疑で裁判にかけられ(後に無罪)、ウォルドーフには賠償金が支払われました。

3 刑務所にいながら遠く離れた場所で婦女暴行?

DNA

米国アラスカ州出身のある男性は、自分がやってもいない婦女暴行事件の真犯人になる一歩手前で助かりました。

彼が犯人であるとされた根拠は、犯罪捜査ではおなじみの「DNA鑑定」です。

犯行現場に残された体液からDNAを採取し、それを鑑定した結果、その男性の体液であると断定されました。

DNAの一致という強力な証拠がある以上、通常であればこの時点で彼が真犯人だと確定していたことでしょう。

しかし、彼にはどうやっても犯行が不可能な、絶対のアリバイがありました。

犯行が行われた当時、その男性はすでに刑務所で服役していたからです。

では、何故DNAが一致したのか…。

そのカラクリは、意外と簡単に判明しました。

真犯人は、服役していた男性の兄弟だったのです。

彼はその兄弟から、過去に骨髄移植を受けていました。

これにより、彼の体内には、兄弟のDNAも混じっていたというわけなのです。

【スポンサーリンク】

4 生活しているだけで犯人と間違われる男

銃

1930年代のアメリカに、ジョン・ディリンジャーという凶悪なお尋ね者がいました。

この男は銀行強盗を繰り返し、その件数は軽く20を超えていたのです。

ディリンジャーがなかなか捕まらないために、警察は頭を痛めていたわけですが、それより遥かに苦しんでいたのがラルフ・アルスマンという男。

インディアナ州ブルックヴィルに住む彼は、ごく普通の真面目な一般市民でしたが、ディリンジャーと顔がソックリだったのです。

顔が似ているだけでなく、目の横のホクロ左手首の傷の位置まで同じだったとか。

そのため、ディリンジャーと間違えられて逮捕された回数は実に17回にも及びました。

さらに、警察官に発砲された回数は11回

逮捕されても最終的には釈放されましたが、そのためには毎回過酷な尋問に耐え、警察官を納得させる必要があったのです。

1934年7月22日、ディリンジャーが射殺されたことで、アルスマンの苦悩の日々は遂に終わりました。

5 犯人の代わりに2度も刑務所に入った男

宝石

1895年、イギリスで暮らしていたノルウェー人のアドルフ・ベックは、あるとき道を歩いていると見知らぬ女性から突然詰め寄られ、宝石を返すように言われます。

何のことかとベックが困惑していると、そこへ警察官が通りがかり、警察署で事情を聴かれることに

女性の言い分によると、ベックは鼻持ちならない詐欺師で、彼女から宝石類を騙し取ったとのこと。

これを聞いた警察官の頭には、ある男の名前が浮かびました。

それは、ジョン・スミス(※平凡な名前の代表例)という偽名の人物。

スミスは何人もの女性から宝石を詐取していたのです。

そして、いま警察官の目の前にいるベックはスミスと瓜二つ

どう考えても不利な状況に置かれたベックは、後の裁判で有罪となり、懲役7年が言い渡されます。

牢屋

1901年、ベックは仮釈放が認められ、ひとまずは自由な生活を取り戻しました。

しかし、そのわずか数年後、またもや見知らぬ女性から宝石詐取を理由に告発され、刑務所に逆戻り

ここまで来るともう呪われているとしか思えないですが、1903年、スミスが致命的ミスを犯したことでベックの人生に光が差します。

ベックは1895年に懲役7年を宣告されたので、1903年の時点ではもう出所しているはず。

そう考えたスミスは、再びベックに濡れ衣を着せようとして、犯罪行為を再開したのです。

ところが、詐欺とは別の犯罪によりスミスが逮捕され、そのときベックは塀の中

ここでようやく、ベックがスミスとは別人であることが明らかとなりました。

スミスを名乗っていた男の正体は、ヴィルヘルム・マイヤーという名のオーストリア人医師。

こうして、アドルフ・ベックの「悪夢のような生活」は終わりを告げ、莫大な額の補償金が支払われたのです。

マグショット

上がアドルフ・ベック 下がマイヤー

ウィキペディアより)

【スポンサーリンク】


 

サブコンテンツ

このページの先頭へ