呪われているとしか思えない偶然5選

あまりにも不吉なことが続くと、それはもはや単なる偶然ではなくなります。

同じ日に嫌なことが立て続けに起きたとき、大抵は「今日はツイてない…」の一言で済みます。

しかしそれが、次の日も、その次の日も続いたら、さすがに「何かある」のではないかと思いたくなるでしょう。

その「何か」とは、超自然的な力であり、場合によっては呪いと表現するのが適切かも知れません。

【スポンサーリンク】

1 「スーパーマンの呪い」

スーパーマン

アメコミ・ヒーローの代表格とも言えるスーパーマンも、呪いと無縁ではありません。

スーパーマンの作品に関わった役者等の中で、不運な結末を避けられなかった人は少なくとも13名に上ります。

このことは一般的に「スーパーマンの呪い」と呼ばれており、これに関して最もよく知られているのが、ジョージ・リーヴスとクリストファー・リーヴの二人です。

1950年代に映画とテレビシリーズでスーパーマンの役を演じていたジョージ・リーヴスは、その役のおかげで知名度は上がったものの、このヒーローのイメージが付き過ぎて、仕事の幅を狭める結果となりました。

そして1959年6月16日、フィアンセとの結婚前日に、彼は自宅で銃を使って自殺したのです。

ただ、死体のそばにあった銃には何故かリーヴスの指紋が無く、また、当時彼は不倫をしていたことから、第三者による殺人の可能性も指摘されています。

ピストル

1970~1980年代に、映画版の4作品でスーパーマンを演じたクリストファー・リーヴもまた、固定化したイメージのせいで、他の役を演じる機会になかなか恵まれませんでした。

そして1995年、乗馬中の転落事故によって首から下が麻痺状態となり、彼は2004年に心不全で死亡しています。

一説によれば、「スーパーマンの呪い」が起きるきっかけを作ったのは、原作者であるジェリー・シーゲルとジョー・シャスターではないかとされています。

二人はDCコミックと契約を結んでいたのですが、世界的に人気のあるヒーローを生み出したにも関わらず、彼らが受け取っていた原稿料は微々たる額だったとか。

本当に彼らの呪いが存在したのかどうかは分かりませんが、ハリウッドで「スーパーマンの呪い」のことを知らない者はいなかったため、これまでに多くの役者がスーパーマン役のオファーを断っています。

2 「13日の金曜日」

13

1年に1回以上(最大で3回)は確実に訪れる「13日の金曜日」が、西洋では不吉な日とされていることはよく知られていますが、実はその起源については正確には分かっていません。

しかし、この日が実際に人々に与えている影響を考えると、単なる迷信であるとは言い切れないでしょう。

フランクリン・ルーズベルト大統領は、13という数字を忌み嫌うあまり、毎月13日には遠方への移動を避け、また、食事会などに招待する人数として、13人を呼ぶことは無かったとされています。

ディナー

さらに、奇妙な恐怖症として「13恐怖症」なるものも存在し、歴史上の人物としては、あのナポレオン・ボナパルトがこれを患っていたとか。

そして、13日の金曜日が絡んだ出来事で、単なる偶然とは思えないものもいくつかあります。

2010年8月13日の金曜日、イングランド東部のサフォークで、13歳の少年が、13時13分にカミナリに撃たれるという事故がありました。

落雷

彼は肩に火傷を負ったものの、幸い、撃たれたのが13回ではなく1回だったため、直ぐに病院で治療を受けたことで命は助かっています。

ここまで13という数字が重なるのも少し気味が悪いですが、さらに奇妙な事故もあります。

1907年、イギリス人のブローカー(株式仲買人)であるトーマス・W・ローソンという男が、『13日の金曜日』という小説を発表しました。

13

その内容は、あるブローカーが、13日の金曜日に株式市場を破滅に追い込むというもの。

この小説が現実の株式市場に与えた影響は大きく、当時は13日の金曜日に取引するのを避ける人が増え、その習慣は1920年代まで続きました。

そして、小説が出版されたのと同じ年、その作者と偶然にも同じ名前の「トーマス・W・ローソン号」という船が、大西洋を横断中、イギリス南西部のシリー諸島沖で沈没し、17名の命を奪います。

そして、船が沈没した日は、1907年12月13日の金曜日だったのです。

3 「スパイダーマンの呪い」

スパイダーマン

「スーパーマンの呪い」に比べると知名度は下がるものの、「スパイダーマンの呪い」と呼ばれるものも存在します。

ただし、この呪いが影響したのは、テレビや映画ではなく、ブロードウェイのミュージカルです。

2010年、ミュージカル版スパイダーマンの稽古中、役者がスタントに失敗して脚を骨折し、脳震盪を起こしました。

ステージ

公演初日には主演女優が頭を強く打ってやはり脳震盪を起こし、彼女はその後舞台を降板。

急遽その代理として選ばれた女優も、立ち回りの場面で首を負傷。

2013年にはダンサーの一人が舞台装置に脚を挟まれる事故が発生。

そして、この呪いによって最も深刻な被害を受けたのが、クリストファー・ティアニーという俳優です。

ライト

体を吊っているコードが本番中に切れ、彼は観客の目の前で3階の高さから落下しました。

これにより、頭蓋骨・肩甲骨・肘・肋骨・脊椎に重度の損傷を負うことに。

この事故が起きたとき、舞台にいた女優の一人の叫び声が劇場内に響き渡ったそうです。

【スポンサーリンク】

4 呪われたファウルボール

ボール

1950年代を中心に活躍したメジャーリーガーの中に、リッチー・アシュバーンという選手がいます。

15年間のキャリアにおいて2500本を超えるヒットを放ち、殿堂入りも果たしています。

もちろん、それだけの偉業を達成したということも凄いのですが、彼はある別のことでも有名なのです。

1957年8月17日、アシュバーンが所属するフィラデルフィア・フィリー対ニューヨーク・ジャイアンツとの試合で、彼はファウルボールを打ちます。

野球

打球は、ホームランかと思えるほど長い時間放物線を描きながら突き進み、観客席でそのボールをしっかりと見据えていた女性の顔面に直撃

彼女は重傷を負いました。

試合は一時中断され、救急医療班が応急処置を施すため、彼女は担架に乗せられて安全な通路へと移動させられます。

その後、試合は再開され、またしてもファウルボールが宙を舞いました。

野球

この時、観客席にいた人の多くは、先ほどの不運な女性のことが頭をよぎったことでしょう。

そして次の瞬間、ファウルボールは、担架の上で休みながら痛みに耐えていた女性に再度直撃

その時の打者は、他ならぬアシュバーンでした。

彼は、一試合の中で、一面識も無い女性に二度もファウルボールをぶち当てたのです。

タチの悪い呪いにかかっているとしか思えないその女性の名前は、アリス・ロス。

そして、アシュバーンとロスの奇妙な関係はこれで終わりません。

彼は球界を引退した後、地元の新聞でスポーツ・コラムの記事を書くことになるのですが、その新聞社に勤めていた編集者であるアール・ロスの奥さんが、ファウルボールを二度も食らわされたアリスなのです。

5 『リトル・ラスカルズ』

少年

アメリカで1920年代に上映されていた短編映画に、『リトル・ラスカルズ』というモノクロ作品があります。

その内容は、貧しい子供たちが、次々と破天荒な冒険を繰り広げるというコメディです。

そんなコメディ作品であるにも関わらず、『リトル・ラスカルズ』は、最凶に呪われた映画としても知られています。

この作品は、20年以上も続いたため、子役が何度か交替しているのですが、その多くが不幸な運命に見舞われています。

(以下に挙げているのは全てこの作品に出演したことのある俳優の名前です)

道路

ビリー・ラフリンは16歳でトラックにはねられて死亡。

ノーマン・チェイニーは21歳で病死

クリフトン・ヤングは、煙草の火の不始末が原因で、33歳のときに焼死

ボビー・ハッチングスは、20歳の時に飛行機事故で死亡。

ドナルド・ヘインズは、第二次世界大戦中に23歳で戦死

ギャンブル

一番人気のあるキャラクターを演じていたカール・スウィッツァーは、ギャンブルが絡んだ揉め事が原因で31歳のときに銃殺されています。

ちなみに、彼の弟も役者をやっていましたが、42歳のときに恋人を殺害し、その数時間後に自殺

スコッティ・ベケットは、ドラッグと酒に溺れた挙げ句、38歳で死亡。

ドロシー・ダンドリッジは、アフリカ系アメリカ人で初のアカデミー主演女優賞にノミネートされるほど役者としては順調でしたが、42歳のとき、親しい人に電話で、

「何が起きても、分かってくれると信じてる」

という謎めいた台詞を言い残し、薬物過剰摂取で死亡しました。

若くして亡くなった俳優ばかりを挙げたので、もう少し長生きした人はいないのかと思われそうですが、ちゃんといます。

ダーウッド・ケイは、2002年の5月、71歳のときにひき逃げされて死亡。

その数カ月後、ジェイ・R・スミスは、ホームレスの男に刺され、87歳で死亡しました。

【スポンサーリンク】


 

サブコンテンツ

このページの先頭へ