連続殺人犯を親に持つ人々5選

世間を騒がせた連続殺人犯の子供たちが辿った運命の数々をご紹介します。

1 ハッピーフェイス・キラー

スマイリーフェイス

カナダ出身のキース・ジェスパーソンは、1990年代に女性ばかり8人を殺害した連続殺人犯です。

そんな彼に付けられたあだ名は「ハッピーフェイス・キラー」。

この男は、自分が犯した殺人を手紙の中で告白し、それらをマスメディアに送りつけていたのですが、その際、スマイリーフェイスを描いた紙を同封していたのです。

トラックの長距離ドライバーをしていたキースは、5年間にわたって殺人を繰り返し、最終的に自首するまで捕まることはありませんでした。

トラック

1995年、裁判の結果、彼は終身刑を言い渡されます。

父親が殺人鬼であったという衝撃の事実を娘のムーアが母親から聞かされたのは、彼女が15歳の高校生のとき。

ムーアは、父親が犯罪に手を染めていることには気づきませんでしたが、しかし、どこかダークな面を感じ取ってはいたようです。

連続殺人犯の娘であるという揺るぎない事実は、今でも彼女の心に重くのしかかっています。

現在はムーア自身も子を持つ母親ですが、祖父がいないことを子供にどう説明するかで相当に悩んだとか。

彼女は、同じような境遇にある人たちを助けるべく、自分の体験を元にした本を出版し、また、2016年からは『モンスター・イン・マイ・ファミリー』というケーブルテレビ番組の司会を務め、こういった人たちの現状を紹介しています。

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2 親子で強盗・殺人・婦女暴行

親子

米国ペンシルベニア州出身のジョセフ・カリンガーは、生まれて間もなく里親の元に移されます。

そこで彼は、その里親から虐待を受け続けました。

殴る蹴るの暴行を加えられる他にも、狭い部屋に閉じ込められたり、自傷行為を強要されたり、ときには糞便を食べさせられることも。

カリンガーは2度結婚し、7人の子供がいますが、その子供たちにも自分が受けたのと同様の虐待を加えていたようです。

海

1974年、彼は自分の息子であるジョセフ・ジュニアを溺死させます。

同じ年、フィラデルフィア・ボルチモア・ニュージャージーの各地で6週間にわたり、カリンガーは強盗殺人婦女暴行を繰り返しました。

翌年の1月8日には、看護師のマリア・ファシング(21)を殺害。

彼女は、寝たきりの家族の様子を見に家に立ち寄ったところを襲われました。

家

カリンガーは、これらの犯罪行為を単独で実行していたのではありません。

全ての事件について、息子のマイケルに協力させていたのです。

そのとき、マイケルはまだ中学生でした。

その後、目撃者の証言などから二人は逮捕されます。

1976年10月14日、裁判でカリンガーは終身刑に。

マイケルの方は、あくまで父親の指示に従って動いていただけと認定され、25歳の誕生日を迎えるまで保護観察に服することになりました。

そして、1982年に無事に保護観察を終えたマイケルは、名前を変えて新たな人生を歩み始めたそうです。

3 グリーンリバー・キラー

親子

米国ユタ州出身のマシュー・リッジウェイにとって、父親であるゲアリーとの思い出は良いものばかりです。

ゲアリーは息子を怒鳴ったり、妻とケンカしたりするようなことは無く、休日にはマシューと一緒にキャンプに行ったり、野球を教えたり、とにかく家族サービスに余念が無かったとか。

マシューの学校で行われるサッカーの練習や様々な行事にもよく顔を出していました。

そんなゲアリーは、「良き父親」である一方で、何人もの女性を殺害し、後に「グリーンリバー・キラー」と呼ばれて犯罪史に名を残す存在でもあったのです。

林

1982年7月、子供を車に乗せてドライブ中だった女性をゲアリーは言葉巧みに誘い出し、近くの林で殺害。

車に一人残された子供のところに戻ってきた彼は、「お母さんは歩いて帰ったよ」とその子に伝えました。

また、10メートルも離れていない場所にマシューがいる状況で、犯行に及んでいたことも。

結局、1982年から1998年の間にゲアリーが殺した女性の数は、全部で49人

その死体のほとんどを、グリーンリバーの土手に捨てていました。

川

また、犯行に及ぶ際は、相手の警戒心を解くために、息子の写真を見せることもあったとか。

後の裁判で、彼は終身刑を宣告されています。

ゲアリーは、報道されている殺人事件の話題に子供の前で触れることは無く、マシューも自分の父親がそんな事件に関わっているなどとは夢にも思わなかったそうです。

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4 売春婦たちを惨殺した「オオカミ男」

オオカミ男

1992年から2000年にかけて、ロシア人の元警察官ミハイル・ポプコフは、22人の女性を殺害したとされています。

彼は、街を「浄化」するために、売春婦(であると彼が信じる)女性ばかりを狙っていました。

殺し方があまりに残虐なので、やがて「オオカミ男」というニックネームが付けられます。

裁判の結果、ミハイルは終身刑を食らいましたが、それに納得がいかなかったのが、娘のカティア。

彼女は典型的なお父さん子で、子供の頃からよく父親と買い物に出かけたりしていました。

自分にとっては「優しいお父さん」でしかなかったミハイルが、残忍な殺人犯などではないことを立証するべく、カティアは犯罪学者を目指します。

本

多くの文献で知識を蓄え、連続殺人犯の特徴についての理解を深めるほど、ミハイルがそういった特徴に全く当てはまらないことに気づきました。

しかし、一連の事件に関してミハイル自身が行った様々な告白が、2017年に地元の新聞に掲載されると、カティアも次第に現実と向き合うようになります。

それと同時に、現在はすでに結婚し、教員として働く彼女にとって、父親が殺人犯であることが、徐々にその生活に暗い影を落とし始めているのです。

カティアのお腹の中には赤ん坊がいますが、その子に父親の危険な因子が受け継がれないか不安になり、彼女は精神科医に相談したりもしたそうです。

5 殺人遺伝子

遺伝子

米国オレゴン州出身のウォード・ウィーバー3世は、10代のころから問題行動が目立ち始めました。

カッとなってすぐに暴力を振るうことが多く、また、親戚の女の子に性的暴行を加えることもあったとか。

1981年に海軍に所属するものの、アルコール依存症職務怠慢が原因でクビになります。

その後、マリア・スタウトという女性と結婚しますが、彼女が妊娠しているときでさえ、その体に暴行を加えていました。

夕暮れ

2001年、ウォードは、娘の友人であるアシュレイ(12)という女の子を付け狙うようになります。

アシュレイは警察に相談しますが、全く相手にされず。

2002年1月9日、アシュレイは突然行方不明になります。

彼女の家族や親友のミランダ(13)が協力して捜索するも手掛かり無し。

この2ヶ月後、ミランダも姿を消します

それから程なくして、ウォードは自宅の庭に大きめの穴を掘り、その中へ二人の死体を投げ込んでコンクリートを流し込みました。

シャベル

同年8月13日、ウォードの息子のフランシスが、父親にその悪事を全部吐かせたことにより、ウォードは逮捕されます。

後に行われた裁判でフランシスは証言台に立ち、その結果、アシュレイ及びミランダ殺害の罪で、ウォードには終身刑が下されました。

このとき、フランシスは正にヒーローとして称えられたのです。

ところが、そのフランシスも、2016年に殺人罪で有罪になります。

彼は仲間とともにドラッグの売人を殺し、金を奪ったのです。

やはり血は争えないということでしょうか。

もちろん、単なる偶然だと思う方もいるでしょう。

しかし、フランシスが生まれたころ、彼の祖父、つまりウォードの父親は、若いカップルを殺害したことで死刑判決を食らっていました。

つまり、ウィーバー家は、三代にわたって人を殺していたのです…

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