最も皮肉な死に方7選

人の死に方にも色々ありますが、おそらく最も皮肉な死に方をしてしまった人たちをご紹介します。

1 ライフセーバーが集うパーティで溺死

ライフセーバー

1985年8月、米国ルイジアナ州ニューオーリンズのとある市営プールで、100人以上のライフセーバー(ライフガード)たちが集まってパーティが開かれていました。

そのパーティは、プールが開設してから初めてシーズン中に水難事故に遭う人が出なかったのを祝うものだったのです。

そしてパーティが終了し、清掃作業が行われているときに、プールの底から服を着たままの男性の溺死体が発見されました。

後にその男性は、ジェローム・ムーディ(31)だと判明したのですが、彼がパーティの最中にどのようにしてプールで溺れたのかは分かりませんでした。

ちなみに、ムーディ自身はライフセーバーではなかったそうです。

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2 セグウェイ社のオーナーがセグウェイ運転中に転落

セグウェイ

イギリス人の起業家であるジミ・ヘーゼルデンは、2010年にセグウェイ社を買収しました。

セグウェイといえば、自動でバランスを取って走行する二輪のスクーターで、立ったままでハンドルを握り、直感的に操縦できるのが特徴です。

2010年9月26日、ヘーゼルデンはセグウェイの新型を試運転していたところ、操縦ミスにより崖から転落し、亡くなりました。

目撃者の話では、犬を散歩していた人を避けようとしたのが事故の一因だったようです。

3 ハッピーな投稿をした直後に交通事故

交通事故

2014年4月、米国ノースカロライナ州で車を運転していたコートニー・アン・サンフォードは、走行中にも関わらず自撮り写真をフェイスブックに投稿しました。

案の定、前方不注意によりハンドル操作を誤り、トラックと正面衝突

そして、このとき彼女が運転中に聴いていたのが、アメリカ人歌手フィレル・ウィリアムスの『Happy』というヒット曲で、投稿された写真の中でニッコリと微笑むコートニーの下には次のようなコメントが…。

ハッピーな歌は私をハッピーにしてくれるわ!

運転中のスマホ操作がいかに悲惨な結果につながりうるかをよく物語っていますね…。

4 撃ったサボテンに押し潰される

サボテン

米国アリゾナ州南部には、「ベンケイチュウ」と呼ばれる大きなサボテンがあり、見た目がどことなく人間に似ているのが特徴です。

1982年、デヴィッド・グランドマンという男性が、友人とともにショットガンを片手に砂漠へ行き、このサボテンを的に銃を撃ちまくり始めました。

視界に入るサボテンをあらかた蜂の巣にした後も、彼はまだ満足出来ず。

そこで付近を探してみると、グランドマンの飽くなき破壊欲求を満たすのにピッタリの超巨大サボテンが一本残っていました。

サボテン

その高さは何と約8メートル

それを見た彼は、興奮に打ち震えながらありったけの弾丸をサボテンに浴びせました。

目撃者の話では、この時グランドマンは「ティンバー!(木が倒れるぞ、という警告)」と叫ぼうとしたらしいのですが、それを言い終える前に倒れてきた巨大サボテンの下敷きになったそうです。

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5 電気イス(?)で自ら死刑執行

電気イス

1979年、ローレンス・ベイカーという男が第一級殺人で有罪判決を言い渡されました。

そのままでは電気イスによる死刑執行を免れない状況でしたが、1987年に最高裁から「終身刑」への減刑が認められたのです。

ところが、この男が電気イスの運命を免れることは遂に叶いませんでした。

減刑されてから10年が経ったある日、ベイカーは金属製のトイレに腰掛けながら、お手製のヘッドホンを付けてテレビを見ていたのです。

すると、お粗末な作りだったヘッドホンのコードがショートし、彼はまさに電気イスにかけられた状態になって天に召されました。

6 念願叶って雷に撃たれる

雷

ジェイムズ・オーティス・ジュニアは、18世紀の政治活動家で、「代表の無き課税は暴政である」という言い回しを初めて使った人物としても有名です。

彼は常に冷静で良識のある人でしたが、一つだけ少し変わった面がありました。

オーティスは、雷に撃たれて死にたい、ということをよく口にしていたのです。

あまりにも頻繁に言っていたので、彼の周りでそのことを知らない者はいなかったとか。

もしかすると、これはオーティスなりの冗談だったのかもしれませんが、ある時、この願いが実現してしまいます。

1783年5月23日、オーティスは友人宅の玄関前で雷に撃たれて死亡したのです。

奇妙なことに、このとき落雷の被害に遭ったのはオーティスただ一人で、その後は雷が落ちることも無く、カミナリ雲さえ見られなかったそうです。

7 被害者を監禁した部屋で死亡

部屋

1988年、米国ケンタッキー州に住むメル・イグナトーは、当時付き合っていたブレンダ・シェイファーから別れ話を切りだされ、彼女の殺害を計画。

彼は元カノに協力してもらってシェイファーを自宅に監禁します。

身動きの取れない彼女の目の前には、小さなガラス製のテーブルがあるだけ。

テーブル

その様子を数枚の写真に収めると、イグナトーは目的を遂行しました。

この事件の後、当然のごとく第一容疑者となったイグナトーは裁判にかけられることとなったのですが、決定的証拠に乏しく、死体が発見されなかったことから無罪になります。

しかし、監禁されている被害者の写真の存在が明らかになり、しかもその写真には、顔は見えていないもののイグナトー本人と思われる男も写り込んでいました。

この決定的証拠により「逆転裁判」になれば良かったのですが、ここで法律の大きな壁が。

法律

同一の事件において、同一の犯罪で再び被告を裁判にかけることは出来ないというルール(「二重の危険」)があるのです。

このため、結局イグナトーには殺人罪ではなく「偽証罪」により懲役8年が言い渡されました。

誰もが納得のいかないその判決が出た後、イグナトーは自宅に戻るのですが、ここで意外な結末が待っていました。

イグナトーはシェイファーを監禁していた部屋で転倒し、小さなガラス製のテーブルに頭を強くぶつけ、そのまま誰もいない家の中で死亡したのです。

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