予想外の結末になった異常な実験7選

一体なぜこうなってしまったのか…。

終わってみると、悲惨な結末が待っていた実験の数々をご紹介します。

1 LSD漬けにされたゾウ

ゾウ

1962年、アメリカの中央情報局(CIA)は、幻覚剤であるLSDの効果を徹底検証しようと考えていました。

その一環として、オクラホマ大学の協力を得て、一頭のゾウを使って実験が行われることに。

タスコ」と名付けられたそのゾウには、297mgのLSDが投与されました。

これは、LSDでハイになろうとする人が通常使用する量の3000倍以上

つまり、3000人の人間に幻覚症状を引き起こせる量のLSDが一気に注入されたわけです。

実験開始から5分と経たないうちに、タスコは地面に倒れ、約1時間40分後に死亡。

このことが新聞で報じられると、研究者たちは、この狂った実験の「成果」を発表する必要性に迫られました。

そして、数ヶ月後、彼らが科学誌に投稿した論文のタイトルが、『ゾウはLSDに極めて敏感』という何の意外性も無いものだったのです。

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2 男から女へ、そしてまた男へ

きゅうり

1965年にカナダで生まれたデイヴィッド・リーマーは、生後6ヶ月のときに「割礼」の手術を受けます。

このとき、実験的に従来とは異なる方法で行われたため、手術は失敗

その結果、彼は性器を失ってしまいます

息子の将来を案じた両親が、米国メリーランド州の病院に勤務する心理学者ジョン・マニーのもとを訪れました。

彼は、性同一性の分野で高い評価を受けていたのです。

人間の性別を本当の意味で決定するのは幼少期の育てられ方である、と考えていたマニーにとって、デイヴィッドの両親の訪問はまたとないチャンスでした。

というのも、デイヴィッドには双子の弟がいたため、両者を比較することで、マニーは自分の理論の正当性を確かめようとしたのです。

マニーのアドバイスに基づき、デイヴィッドは性転換手術を受け、「ブレンダ」という名前を付けられて、女の子として育てられました。

もちろん、デイヴィッド本人は、自分がもともと男として生まれたということは知りません。

ところが、彼(彼女?)が14歳のとき、父親が真実を打ち明けます。

これを知ったデイヴィッドは、再び性転換手術を受けることを決意。

手術は成功し、彼は男性の体を取り戻しました。

しかし、極めて稀な過去を抱えて生きるデイヴィッドは、精神的に不安定な状態が続くことに。

そして、38歳にして彼は自殺しました。

3 死の治療薬

薬

1956年から1970年にかけて、アメリカでは肝炎の治療法を見つけるための研究が政府によって行われていました。

その研究の実験台とされたのが、ニューヨークにあるウィローブルック州立学校の生徒たち。

彼らは知的障害を抱えており、その同意を得ることなく、未完成の治療薬が投与されました。

研究者たちは薬の有効性に期待していたのですが、実際は肝炎に効果があるどころか、実験台となった子供たちの中には薬のせいで命を落とす者が出るという結果に。

責任を追及されそうになった政府は、学校内で既に肝炎が蔓延していたのが原因であるという弁明を繰り返すだけでした。

4 チンパンジーと共に育てられた子供

チンパンジー

チンパンジーは非常に知能が高いことで知られていますが、もしチンパンジーを人間として育てたらどうなるのか

人間に迫る知性を備えた「スーパー・チンパンジー」へと成長するのか。

1930年代、それを確かめるべく、ウィンスロップ・ケロッグ博士が少々危険な実験を行いました。

彼は、グアという名の一匹のチンパンジーを、自分の息子ドナルドと共に育てたのです。

彼らは、食事をするときも、遊ぶときも、常に一緒。

相性はバツグンで、ドナルドの方は、グアと離れられないほど、そのチンパンジーに親近感を抱くようになりました。

そして驚くことに、グアの方も、四六時中ドナルドと接することで人間的な特徴を見せるようになっていったのです。

ということは、このまま実験を続ければ、本当に人間のようなチンパンジーになるのか…。

しかし、その結果を見る前に、ケロッグ博士の予想していなかった事態が発生。

グアが人間的になったのとは逆に、ドナルドはチンパンジー的になってしまったのです。

自分の意志を伝えるのに、ただ唸ったり、吠えたりするだけで、人間の基本的な言葉さえ話せませんでした。

これにより、博士は急遽実験を中止しました。

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5 コーヒーと死刑囚

コーヒー

18世紀のスウェーデンに初めてコーヒーが入ってきたとき、それは極めて危険な飲み物として禁止の対象とされました。

スウェーデン王のグスタフ三世も、コーヒーは人の寿命を縮める毒物であると信じ、それを証明すべくある実験を行います。

彼は、死刑囚の中から二人を選び出し、彼らの一方には毎日コーヒーをポット3杯分飲ませ、もう一方には同じ量の紅茶を飲ませたのです。

彼の予想では、コーヒーを飲んだ方が早死にするはずでした。

ところが、皮肉なことに、コーヒーを飲み続けた死刑囚は80歳を超えるまで生きながらえ、さらには、紅茶を飲んだ死刑囚とグスタフ三世よりも長寿だったのです。

6 体を張った実験の先に待っていた悲しい現実

蚊

1793年、米国フィラデルフィアで黄熱病が大流行しました。

それをきっかけに、スタビンス・ファースという青年がペンシルベニア大学で研修医として黄熱病の研究を始めます。

黄熱病は夏に発症率が高く、逆に冬は低いという点に目を付けた彼は、この病気を引き起こしている主な原因は、一種の夏バテではないかと考えました。

仮にそれが正しいなら、黄熱病は人から人へ伝染することは無いはず

それを実証するため、全く健康な人を意図的に黄熱病に感染させられるかという実験を彼は考案します。

しかし、こんな危険な実験に参加してくれる人などいるわけがありません。

そこで、ファースは自分が被験者となったのです。

黄熱病に感染した患者の吐瀉物をゴキュッと一気に飲み干し、さらにそれを、自分の体に切り傷を付けてそこに擦り込み、トドメには目の中にまで入れるという念の入れよう。

この実験によって、彼が黄熱病にかかることはありませんでした。

ただし、その理由は、既に感染力を失った患者から吐瀉物を採取していたから。

ご存知のように、黄熱病は蚊を媒介にして伝染するわけですが、それが明らかとなったのはファースの死後半世紀以上も経ってからでした。

つまり、彼にとって最も悲しい事実は、決死の思いで実験を行ったにも関わらず、それは結局何の意味も無かったということなのです…。

7 ニセの記憶を植え付けられた女性

脳

被験者にニセの記憶を植え付けるということが、これまでアメリカの精神科医によってしばしば行われてきました。

多くの場合、それらの実験では、トラウマになりそうな恐ろしい記憶が使われます。

ニセの記憶を植え付けられて最も悲惨な結果を招いた実例が、米国ウィスコンシン州に住むナディアン・クールという女性が体験したもの。

1986年、うつ病に悩んでいた彼女は、ケネス・オルソンという医師のもとを訪れます。

その後、約6年にもわたって治療が行われましたが、それは確立された方法によるものではなく、あくまで実験の域を出ない治療

オルソンは催眠術などを駆使して、彼女にニセの記憶を植え付けていきました。

その結果、彼女が信じるようになった記憶には以下のようなものがあります。

自分は悪魔的な教団の信者である。

何度も性的暴行を受けたことがある。

幼い頃の親友が目の前で殺されたことがある。

墓穴に無理矢理入れられたことがある。

などなど…。

ニセの記憶はどんどん追加されていき、その影響で、彼女は自分の中に120を超える人格が存在すると信じるようになります。

当然ながら、この異常な状態は彼女の精神にとって大きな負担となり、症状は悪化する一方。

その後、クールはオルソンを相手取って訴訟を起こし、和解によって多額の賠償金を手にしました。

しかし、実質的に裁判で勝ったものの、彼女にはそれ以降も悪夢にうなされる日々が待っていたそうです。

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