ナチスの意外な社会貢献7選

歴史上もっとも非人道的な政党であるナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)が、世のため人のためになる施策を行っていたという意外な事実をご紹介します。

なお、念のために書いておきますと、ナチスが過去に行った残虐な行為の数々を肯定しようなどという意図は毛頭ありません。

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動物保護

シカ

1933年4月、ナチス・ドイツは世界で始めて「生体解剖」を禁ずる法を施行しました。

ヘルマン・ゲーリングハインリヒ・ヒムラー、そしてアドルフ・ヒトラーといったナチス上層部の者たちは、動物保護に強い関心を持ち、特に動物に対する虐待を認めないという考えを持っていたようです。

カトリック信者や同性愛者、ユダヤ人といった人々を残忍に殺戮したナチスが動物保護を徹底していたというのは何とも皮肉な話です。

その後、この法律は他の国々における同様の法制化にも大きな影響を与えました。

また、1934年には「狩猟法」を整備し、狩猟シーズン以外での狩猟を認めず、1年間の狩猟数も制限。

さらに、小学校から大学までの教育に動物保護を盛り込むことをも義務化。

そして、1935年には、絶滅が危惧される種を特別保護の対象とする条項も追加。

これをきっかけに同様の法律が西欧諸国でも作られ、動物の保護に貢献しました。

この法律が無かったら、いくつかの種はドイツの森から絶滅していただろうといわれています。

嫌煙運動

タバコ

アドルフ・ヒトラーはタバコをひどく嫌っていて、同じ部屋で誰かがタバコに火を付けることすら我慢ならなかったそうです。

彼は、タバコは金の浪費でしかないと考えていて、それを社会から根絶させるべく、1930年代から1940年代にかけて莫大な予算を使って「反タバコ運動」に取り組むのです。

まず、レストランや公共交通機関での喫煙を禁じ、タバコの広告にも大幅な制約を設けました。

また、タバコ税を重くし、ドイツ国防軍が消費するタバコはすべて「配給制」にしたのです。

保健機関に至っては、妊婦の喫煙が流産のリスクを高めるといった知識を広めるのに努めました。

この運動の効果は抜群で、1940年のドイツ国民のタバコ消費量はアメリカの約4分の1程度だったそうです。

ちなみに、タバコの危険性を訴える当時の広告には次のように書かれていました。

あなたがタバコをのむのではなく、タバコがあなたをのみ込むのだ!

フォルクスワーゲン

ワーゲン

直訳すると「人々の車」になります。

ドイツ国民の誰もが買える車というコンセプトで開発されたのですが、実はヒトラーのアドバイスに基づいたデザインになっているのです。

そのアドバイスとは…。

カブトムシのような形がいい

というもの。

価格の面でも小さなバイクと変わらない値段で提供されていたので、多くの市民が手に入れることを可能とし、販売面で大成功を収めました。

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アウトバーン

アウトバーン

ドイツのアウトバーンは世界初の無料高速道路網です。

元々はナチスによって考案されたわけではないのですが、ヒトラーはこのアイデアを強く支持し、実現に非常に前向きだったようです。

これをきっかけにアメリカイギリスなど多くの国が同様の高速道路の建設に乗り出しました。

このアウトバーンは公共交通システムとして画期的だったのみならず、10万人を超えるドイツ国民に仕事を提供し、経済を押し上げるのにも一役買ったのです。

ロケット

ロケット

現代のロケット技術の基礎を作ったヴェルナー・フォン・ブラウンはもともとナチスの中で「親衛隊」を勤めており、第2次世界大戦中のロケット開発で重要な役目を担いました。

彼は様々な分野で多くの功績を残しましたが、最も有名なのはNASAでの業績でしょう。

NASAで開発された「サターンV」ロケットは、人類が始めて月面に降り立つ道を開きました。

しかし、宇宙の研究に多大な貢献をしたフォン・ブラウンが、同時に「弾道ミサイル」という大量殺戮兵器を生み出していたのは、これまた皮肉な話です。

 映像技術

シネマ

ナチスはプロパガンダのために、映像や音楽の技術発展にも注力していました。

記録に残っている限りでは、世界で最初に「磁気テープ」に録音されたのは、ヒトラーの演説なのです。

映画に関しては、『信念の勝利』に続くプロパガンダ映画である『意志の勝利』が、映画史において最も重要な作品の一つと位置づけられています。

それもそのはずで、この映画は青天井の予算でもって、30台のカメラ100人を超える技術者を使って製作されたのです。

また、クレーンレールを使用したカメラワークなど、現代でもお馴染みの技術がすでに取り入れられていました。

医療の発展

心拍数

ナチスドイツは、拷問を使って様々な医学的データを蓄積したのですが、それらは今日の医療においても欠かせない情報となっているのです。

例えば、ダッハウ強制収容所では、被験者を0度近い冷水の中に入れ、体温や心拍数、筋反応などを記録していました。

そして、安全に通常の体温に戻す方法を確立すべく研究を重ねていたのです。

そういった研究の成果は、今日の「低体温法(低体温麻酔)」の発展に大きく貢献しています。

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