他人に盗まれた偉大な発明6選

誰もが知っている発明品が、実は他の人によって盗まれていたという例をご紹介します。

画期的な発明はその発明者に名誉と富をもたらします。

それを保護するために「特許」という制度があるわけですが、時にはそれでも自分の発明が盗まれるという事態は起こります。

意外なことに、我々にとって当たり前の存在になっている身近な発明品の中にも、そういった例はあるのです。

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1 電話

電話

1876年に電話の特許を世界で最初に取得したのは、アレクサンダー・グラハム・ベルです。

このことから、電話を発明したのはベルであると信じられていました。

しかし、2002年に米議会によって電話の真の発明者はアントニオ・メウッチというイタリア出身の貧しい発明家であると宣言されたのです。

彼は、ベルが特許を取る6年も前にニューヨークで「テレトロフォノ」という電話の実演を記者たちの前で成功させています。

電話

1872年、メウッチは「ウェスタン・ユニオン」という電信会社にこの発明品のプロトタイプを手渡し、商品化の話を切り出しました。

しかし、同社から良い返事が得られないまま2年が経過し、彼はそのプロトタイプの返却を求めたのですが、会社からは「紛失してしまった」との返事が。

そうこうしている内に、メウッチの研究室を共有していたベルが電話の特許を申請し、ウェスタン・ユニオンと好条件で電話の商品化に向けた契約を交わしたのです。

メウッチはすぐにベルに対して訴訟を起こし、その裁判はメウッチに有利な方向で進展していたのですが、決着が付く前に彼は他界しました。

2 無線

ラジオ

ラジオなどに使われる無線伝送技術は、イタリア出身の発明家であるグリエルモ・マルコーニによって研究が進められ、彼はそれによってノーベル物理学賞を受賞しています。

ところが、彼のノーベル賞受賞は、同じく発明家だったニコラ・テスラの複数の特許を侵害した結果であるとする説があります。

アンテナ

マルコーニは、イングランドで実際に無線通信を披露して見せたのですが、それにはテスラの技術が使われていました。

その後、マルコーニはアメリカで無線技術の特許を申請。

しかしその申請は、既にテスラが所持していた17以上の特許の内容と酷似していたために、何度も却下されたのです。

それでもマルコーニは諦めること無く無線通信の実演を続け、その結果アメリカの投資家から強力な経済的支援を受けるにまで至りました。

そして1904年、遂に特許庁が無線の発明に関する特許をマルコーニに与えたのです。

かなりゴリ押しで特許をもぎ取った感じですが、1943年、テスラの死から数ヶ月経って最高裁判所は改めて無線技術の発明についてテスラに特許があるという考えを支持しました。

3 レーザー

レーザー

レーザーを発明したのはアメリカ人の物理学者であるゴードン・グールドです。

しかし、彼が自分の特許権を確保するのには実に30年ものバトルがありました。

コロンビア大学の大学院生だったグールドは、特殊な光線を発生させる方法について、物理学の教授だったチャールズ・H・タウンズと議論を交わしていました。

その後、グールドは「レーザー(LASER)」という言葉をつくり、その仕組みに関するアイデアをノートに書き込んでいたのです。

しかし、その2年後の1959年、タウンズ教授がグールドに無断でレーザーの特許を取得。

これに対抗してグールドは訴訟を起こしました。

そして、1988年、約30年も続いた法廷バトルにようやく決着が付き、グールドはレーザーの特許を勝ち取ったのです。

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4 望遠鏡

望遠鏡

望遠鏡を発明した人物として最もよく知られているのが、イタリアの科学者ガリレオ・ガリレイです。

しかし、世界で最初に望遠鏡の特許を申請したのはオランダの眼鏡職人ハンス・リパシェイという男性で、1608年のことでした。

ところが、彼の発明した望遠鏡は誰でも作れてしまうほど構造がシンプルだったため、特許が認められなかったのです。

その約一年後、ハンスの発明した望遠鏡の話がイタリアに広まり、それを聞いたガリレオが同じものを作成しました。

ガリレオ製の望遠鏡はハンスのものよりも拡大倍率が上がっており、彼はそれを使って初めて金星の動きを記録したとされています。

そして、それを基に「地球は宇宙の中心にある」という、当時広く信じられていた見解を覆したのです。

5 モノポリー

モノポリー

世界中で遊ばれているボードゲームである「モノポリー」は、アメリカ人のチャールズ・ダロウによって考案されたことになっています。

彼は、1935年に玩具メーカーの「パーカー・ブラザーズ」にモノポリーを売り込み、その後ゲームは大成功を収め、億万長者になったのです。

しかし、実はモノポリーの原型と言うべきボードゲームは、1904年の時点でエリザベス・マギーという女性が「ランドロード・ゲーム(The Landlord’s Game)」という名前で特許を取得していました。

彼女の作ったゲームは約30年に渡って多くの人に親しまれていましたが、チャールズがそれに改良を加えたものを特許申請し、それが今日のモノポリーとして定着してしまったというわけなのです。

6 電球

電球

家庭用の電球を発明したのはトーマス・エジソンであるというのが一般的な認識でしょう。

しかし、電球の発明がエジソン一人の「才能と努力」によるものだと捉えるのは明らかに誤りです。

電球の原型となる物は複数の研究者によって既に完成されていました。

ただ、それらの電球には「寿命が極めて短い」「大量の電力を消費する」などといった問題点があり、家庭用には適さなかったのです。

そこで、家庭でも使える電球の完成が待ち望まれていたわけですが、その研究に勤しんでいた者の中に、イギリスの発明家であるジョゼフ・スワンがいました。

スワンの発明品に目を付けたエジソンは、彼の作った電球に改良を加えた上で特許を申請し、その電球を売るためのキャンペーンも始めたのです。

エジソン

そのキャンペーンの中で彼はハッキリと自分が電球の発明者であると明言しました。

しかしその一年前、イギリスでは既にスワンが自分の発明した電球を改良し、エジソンより先に特許を取得していたのです。

法廷闘争に発展してもおかしくない状況でしたが、金儲けにあまり興味が無かったスワンは、エジソンがアメリカで電球を販売することを許可したそうです。

ちなみに、電球の発明に関してエジソンとスワンはライバル関係にあったというように表現されることがありますが、二人は互いに独立して研究に専念していたのみで、実際に会ったことは一度も無いのだそうです。

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