浦島太郎のナゾ(竜宮城の罠)

世の中の罠を探していくという当サイトの立場として、どうしても見過ごせないおとぎ話、それが『浦島太郎』である。

今回、この厄介なおとぎ話について、バカみたいなほど真面目に考えてみた。

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一体どういう教訓なのか

海亀

おとぎ話には子供向けに何らかの「教訓」が含まれている場合が多い。

しかし、この浦島太郎に関しては、一体何が教訓であるのかが非常に分かりづらい。

亀を助けるという善行があったにも関わらず、浦島太郎の末路は悲惨である。

竜宮城から戻ってみると、数十年の時間が経過しており、知り合いは誰もいない。

おまけに、土産としてもらった玉手箱を開けてみれば一瞬で老人になるというトラップ。

子供向けの話にしてはあまりにも謎が多すぎるのである。

合理的な解釈とは

間違い

では、謎の多いこの話を合理的に解釈するにはどうすれば良いのか。

色々と考え方はあるだろうが、僕が個人的に最も腑に落ちるのは、「乙姫ドジッ娘説」である。

乙姫は基本的に竜宮城に居座っているわけだが、時折地上に出向く亀によって、竜宮城と地上との決定的な違い、すなわち、「時間の流れ方の違い」については了解していたはずである。

そうであれば、地上からの客人をもてなす際に、「ここで数日過ごすと、地上では数十年が経過する」という最重要事項を説明せねばならない。

ところが、乙姫はそれを忘れてしまったのだ。

そんな大事なことは亀の野郎がとっくに説明済みだろうと踏んでいたのか、あるいは自分が説明しようと思いつつうっかり忘れたのか。

いずれにせよ、この致命的なミスのせいで、浦島太郎は竜宮城で人生を棒に振ることとなる。

この点、一時の快楽に身を委ねるのは危険である、という教訓を読み取る人もいるが、それは少々無理があろう。

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開けてはいけない玉手箱

宝箱

さて、次はいよいよこのおとぎ話で最も不可解な「玉手箱」の謎である。

絶対に開けてはいけないという厄介な代物をわざわざ手土産にくれた理由は何か。

これは、浦島が地上に帰る段階になってようやく、例の件を説明していないことに気付いたのが原因だと考えられる。

今さら真実を告げるのは気が引ける。

しかし、地上に戻ればどの道残酷な現実に気付く。

そこで考え出された苦肉の策が「開けてはいけない玉手箱」なのではないか。

箱を開けなければ若いままで人生をやり直せるが、かつての知り合いとの関係は断絶してしまう。

一方、箱を開ければかつての人間関係は維持できるが、もはや失われた時間は取り戻せない。

乙姫はこの選択を浦島に任せたのだ。

乙姫の考えでは、浦島にとっては若いままで第2の人生を歩む方が良いはずだということだったのだろう。

そこで、「絶対に開けてはいけない」と釘を刺したのだ。

しかし、浦島が第2の人生を歩むのが困難だと思えば、次第に厭世的になり、乙姫との約束などどうでもよくなってくる。

それが、箱を開けてしまう時なのだ。

これで、もう一方の「本来あるべき」時間の中で人生を歩むことができる。

結局、乙姫は自分の過ちを取り繕うために、浦島が竜宮城を去ってからの身の振り方を彼自身の選択に任せた。

しかも、自分のミスが原因であることを悟られず、選択肢に優先順位まで付けた。

なかなかしたたかなお姫様である。

もちろん、乙姫のミスなどという記述は元の話には全く無いわけだが、しかしこのように考えると、この難解なおとぎ話がかなり把握しやすくなる。

そして、ここから得られる「教訓」は何かといえば、

大きな過ちを犯しても、その後の機転の効いた立ち回りで被害を最小限に抑えられる。

といったところだろうか。

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