囚人に殺された囚人たち5選

刑務所

法の裁きを受けた人間のほとんどは、刑務所内で罪を償う日々を送ることになります。

もちろん、「罪を償う」というのはあくまで建前の話。

中には反省など微塵もせず、人間的に何も変わらないまま出所する者もいます。

大切な人の命を奪われた遺族にとっては、やりきれない面があるでしょう。

死刑制度の是非は別にして、しばしば遺族が被告人への極刑を望むのは、心情としては理解できます。

卑劣な殺人を犯し、その罪の重さを意識することなく刑務所生活を送っている囚人に「極刑」を与えうるのは、他の囚人以外には無いかもしれません。

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1 他の囚人に最も攻撃されやすいタイプとは

子供

囚人が他の囚人から攻撃対象にされる典型的な場合の一つは、その囚人が、幼い子を殺害した場合です。

そういう犯罪は、普通の囚人の基準に照らし、許し難いものなのかも知れません。

1997年、米国オクラホマ州ミッドウェストシティで、カーステン・ハットフィールドという8歳の女の子が誘拐されました。

カーステンの自宅を警察が捜索したところ、彼女の物と思われる衣類を裏庭で発見。

さらに、カーステンの寝室の窓が半開きになっており、そこには血痕が残されていました。

しかし、これ以上の有力な証拠は見つからず、この事件は迷宮入りに。

それから20年近く経った2015年、DNA鑑定技術の進歩により、この事件の捜査が再開され、その結果、犯人はカーステンの家から二軒離れた所に住むアンソニー・パルマであると判明。

パルマは逮捕され、2017年に終身刑が下されました。

その裁判の中で、カーステンの衣類が証拠として提出されると、母親のシャノンは思わず泣き崩れたとか。

2019年1月、収監されてから2年と経たずして、パルマは他の囚人によって殺害されました。

2 イケメン殺人犯の悲劇

カップル

今から約50年前、米国アリゾナ州ツーソンで、チャールズ・シュミッドという男による連続殺人事件がありました。

この男、身長こそ低かったものの、22歳にして抜群の経済力とカリスマ的な人気を誇る、かなりの色魔だったとされています。

1964年5月31日、シュミッドは、ガールフレンドの一人と友人に協力させ、アリーン・ロウ(15)という少女を人気の無い場所に誘い出して殺害。

その後、シュミッドの別のガールフレンドであるグレッチェン・フリッツ(15)が、この事件をシュミッド本人から聞かされます。

彼女はその情報を利用し、自分と別れたら警察に密告するとシュミッドを脅し始めました。

すると、彼はフリッツをあっさり殺害。

さらに、彼女の13歳の妹まで手に掛けます。

これらの殺人事件について、警察は決定的証拠を発見できずにいました。

しかしシュミッドの友人が、犯行の一部を手伝ったことを警察に自白し、犯罪の全てが明らかに。

裁判で終身刑を食らったシュミッドは、5年間で脱獄を3度試みましたが、全て失敗。

さらに、彼の横柄な態度は他の囚人の反感を買い、1970年3月20日、囚人二人によって極めて残忍な方法で殺されました。

3 カミソリを盗んで「死刑」

カミソリ

2000年、ロンドン在住のザヒド・ムバレク(19)という男性は、1300円相当のカミソリを盗んだ罪で有罪となり、懲役90日に服することとなりました。

収監されてからしばらくして、彼の監房に、ロバート・スチュワート(20)という囚人が加わり、共同生活が始まります。

スチュワートは、このとき既に他の囚人を殺害した経験があり、精神的に不安定で極めて暴力的という、かなり危険な人物として知られていました。

しかも、人種差別主義者であったため、パキスタン出身のムバレクと同じ監房に入れるのは大いに問題があったのです。

ムバレクが服役を終える直前、彼はスチュワートに殺害されました。

これを受けて、スチュワートは独房に移されましたが、その30分後には何事も無かったかのように眠りに就いたとか。

この事件は、イギリスにおける刑務所のあり方について大きな議論を招くことになりました。

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4 死刑執行の前に殺された死刑囚

女性

2006年12月15日、アメリカのロサンゼルスで、シェリル・グリーンという14歳の少女が、白昼、周りに複数の人がいる状況で射殺されました。

犯人は、地元のギャングの一員であったジョナサン・ファハルドという男。

その2週間後にファハルドは、事件について目撃証言をしそうな男性も殺害しています。

2011年4月、この男は裁判で死刑を言い渡され、サン・クエンティン州立刑務所に収監されました。

そして2018年、その死刑執行を待たずして、ルイ・ロドリゲス(34)という囚人がファハルドを殺害。

ロドリゲスは、刑務所内で作ったお手製の武器を使って犯行に及んでいたのです。

通常、死刑囚は他の囚人とあまり接触しないようになっていますが、運動場に出ているときは例外で、そこには多数の囚人が集まります。

ファハルドが殺されたのは、正に運動場にいるときでした。

5 「死の天使」の最期

病院

米国オハイオ州出身のドナルド・ハーヴェイという男は、1970年代から1980年代後半にかけて、病院で数多くの患者を殺害していた連続殺人犯です。

殺害の方法は、主に毒殺。

看護師として勤務していた彼は、患者に出す食事に毒薬を混ぜていました。

被害者の数は、公式の記録としては37人~57人となっていますが、ハーヴェイ本人の話では87人。

殺人を始めたきっかけは、「患者の苦痛を和らげるため」だったとか。

ハーヴェイは自分のことを「死の天使」と称していたこともあります。

1987年に逮捕され、裁判で終身刑が確定。

それ以来、オハイオ州トレドにある刑務所で服役していましたが、2017年3月、何者かによって滅多打ちにされているのが発見されます。

その数日後、死亡が確認されました。

犯人は明らかになっていませんが、おそらくは他の囚人の仕業であろうと見られています。

番外編: 出所して一月半で殺害された男

家

最期にご紹介するのは、刑務所内で殺されてはいませんが、出所してわずか一月半で殺害された男です。

1985年、デイヴィッド・ゴート(当時21歳)は、イギリスのサウスウェールズにある小さな村ニュー・トレデガルで、生後17ヶ月の赤ん坊を殺害しました。

殺されたのは、ゴートがそのとき付き合っていた彼女の息子。

犯行時、その彼女は外出していましたが、帰宅してから息子の死体を発見したのです。

裁判が始まると、ゴートはあくまで事故だったと主張。

しかし、事故ではありえない傷の数々が赤ん坊の体に見られ、それらは暴行の事実を物語っていました。

陰惨な事件など滅多に起きない村で幼い命が奪われたことから、村の住人たちはゴートに対して強い憤りを覚えます。

その後、裁判でゴートは有罪が確定。

ゴートが服役してから32年後の2017年、彼は刑期を終え、出所しました。

そして、ニュー・トレデガルから十数キロ離れた所でアパートを借り、第二の人生を始めます。

しかしその6週間後、彼はニュー・トレデガルの住人二人によって殺されたのです。

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