死刑囚の常軌を逸した「最期の言葉」7選

骸骨

死刑囚は死を前にして何を語るのか。

日本では、死刑執行それ自体は行われているものの、その実態についてはほとんど報道されません。

執行直前の死刑囚の様子はどうだったのか。

最後にどんな言葉を残したのか。

こういった情報が具体的に伝えられることは無く、ただ誰々の死刑が執行されたという事実が明らかにされるのみ。

しかし、死を覚悟した死刑囚であるからこそ、その最期の言葉が気になるものなのです。

今回は、以前書いた『死刑囚の狂気に満ちた「最期の言葉」9選』に続き、死刑囚が最後に残した言葉の数々をご紹介します。

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1 「ラジオのボリュームを上げてくれ」

ラジオ

スコットランドで最悪の連続殺人犯として知られるピーター・マニュエルは、1956年からの2年間で9人以上を殺害

ただし、彼の犠牲になった者の正確な人数は分かっておらず、実際はこれよりもはるかに多いと言われています。

その殺害方法は、人間の所業とは思えぬほど残虐だったため、スコットランド中の人々を恐怖させました。

後に、事件のあった村の名前を取って、「バーケンショウの野獣」という異名が付けられることに。

1958年7月、その「野獣」の絞首刑が執行されるとき、彼はこう言い残しました。

「ラジオのボリュームを上げてくれ。その方が静かに逝ける」

このとき、ラジオからは音楽が流れており、マニュエルはそれを聴きながら最期の時を迎えようとしたのです。

2 「ベイクドアップルをご覧に入れよう」

リンゴ

どういうわけか、電気イスによって処刑される死刑囚は、自分の名前でダジャレを言いたがる面があるようです。

例えば、1966年にオクラホマ州で処刑されたジェイムズ・フレンチは、報道陣に向かって「フレンチフライ!」と言い放ちました。

ジョージ・アペルという男もそんな死刑囚の一人。

彼は、ニューヨーク市警の警察官を殺害した罪により死刑を宣告され、1928年に電気イスにかけられました。

そしてアペル(Appel)もやはり、ダジャレを言いたい衝動には抗えなかったようで、死刑執行の直前にこう言っています。

「では諸君、これからベイクドアップルをご覧に入れよう」

3 「私は必ず戻る」

UFO

女性としてアメリカ史上最悪の連続殺人犯とされているのが、アイリーン・ウォーノスです。

幼少期に虐待されていた経験を持つ彼女は、娼婦として金を稼ぐかたわら、客の男性を7人殺害

裁判において、彼女は一貫して正当防衛を主張していましたが、下された判決は死刑。

2002年10月2日、薬物注射によってウォーノスの死刑が執行される際、彼女は最期の言葉として次のように発言しています。

「私が言っておきたいことは一つ。

私はアルカトラズ島とともに航海を続け、6月6日、キリストとともに『インデペンデンス・デイ』のように戻って来る。

映画に出てくる、大船団を率いた巨大な母艦のように、私は必ず戻る」

何を言っているのかサッパリ分かりませんが、色々と危険な精神状態での発言だということだけはハッキリ分かります。

「アルカトラズ島」は、絶対に脱獄不可能とされた刑務所がかつて存在した島。

『インデペンデンス・デイ』というのは、1996年に公開された、ローランド・エメリッヒ監督のSF映画ですが、ウォーノスはよほどこの映画を気に入っていたのでしょうか。

4 「釣りでもしてる方がマシ」

釣り

クリスマスイブにカップルを殺害して死刑判決を受けたジミー・グラスという男は、その死刑執行を阻止するために、電気イスが非人道的で残虐な刑罰に当たるという主張を続けていました。

しかし、最高裁はその主張を退け、1987年6月12日に死刑が執行されることに。

死の直前、グラスが語った言葉がこちら。

「釣りでもしてる方がマシだ」

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5 「一歩前に出たまえ」

銃

死刑判決を食らうのは、残忍な殺人を犯した者ばかりとは限りません。

19世紀、作家として成功を収めていた、アイルランド人のアースキン・チルダースは、銃を密輸入した罪により、死刑判決を受けました。

当時の時代背景を考慮しても、これは重すぎる判決と言わざるをえません。

チルダースはすぐに上訴しましたが、判決の確定を待たずして、死刑は予定どおり執行されることに。

重大な違法性を抱えたこの死刑が行われる直前、引き金に指をかけた銃殺隊に向かって、チルダースはこう言いました。

「君たち、一歩前に出たまえ。その方がやりやすいぞ」

6 「人殺し!」

ストレッチャー

1993年1月11日、エリック・スコット・ブランチは、ウェスト・フロリダ大学に通うスーザン・モリス(21)という学生を、自らの性欲を満たすために襲い、殺害し、そして死体を地中に埋めました。

その10日前、ブランチはインディアナ州でも14歳の少女を襲い、また、フロリダ州のパナマシティでも女性に性的暴行を加えていました。

1994年、彼は裁判で死刑を宣告されます。

それから24年が経った2018年2月、ブランチの死刑が執行されました。

ストレッチャーに乗せられ、今まさに薬物が注射されるというとき、ブランチは激しくもがきながら、死刑を執り行う職員たちに向かってこう叫んだとか。

「人殺し!人殺し!人殺し!」

7 「渋滞に巻き込まれたんだ」

渋滞

2011年4月、アメリカのサウスダコタ州立刑務所で、誘拐および殺人未遂により終身刑を食らって服役中だった、ロドニー・ベルゲという男が、仲間とともに脱獄計画を立てます。

彼らの計画の犠牲になったのは、ロン・ジョンソンという名の看守。

定年間近だった彼は、63歳の誕生日に、ベルゲたちに鉄パイプで頭を何度も殴られ、死亡しました。

ジョンソンが死んだのを確認すると、ベルゲは箱の中に身を隠し、彼の仲間は今しがた殺した看守の服に着替え、荷物の搬出を装って二人で刑務所を出ようとします。

監獄

最初のゲートは何事も無く通過。

しかし、二つ目のゲートで職員に見破られ、そこで彼らの脱獄計画は終わりました。

後の裁判で二人に宣告された刑は、どちらも死刑

2012年、ベルゲの相方であるエリック・ロバートの死刑が執行されました。

そして2018年10月、ベルゲの死刑が執行される予定だったのですが、執行当日になって彼の弁護士が、ベルゲに知的障害があることを理由に、死刑執行の停止を最高裁に請求。

結局その請求は却下されましたが、このために死刑執行は予定より約6時間遅れることに。

サウスダコタ州立刑務所の死刑執行室に、56歳のベルゲが姿を現したとき、最後に言い残したことは無いかと聞かれると、彼はこう答えました。

「遅れてすまない。渋滞に巻き込まれたんだ」

そうして、被害者の遺族に対する謝罪の言葉を遂に一つも発すること無く、下らない冗談を吐き捨てたベルゲの体に、薬物が注入されました。

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