ここ最近、新型コロナ感染者数の減少傾向が続いています。
一時期は、東京の感染者数が一日1万人を超える日も近いのではないか、などと心配されていましたが、その危機的状況は、どうやら避けられそうです。
しかし、感染拡大が抑えられているとはいっても、それで我々の生活が、簡単に以前のように戻るわけではありません。
コロナを原因とした様々な環境の変化によって、強いストレスや不安にさらされている人は大勢います。
この状況を変えるのは容易ではないですが、しかし、一時的にでも、幸せになる方法は無いものか。
今回は、そのための科学的方法をご紹介します。
〈originally posted on September 30, 2021〉
1 フェイスブックの利用を止める
毎日、フェイスブックを頻繁に利用しているという人は、一度、思い切ってフェイスブックを止めてみるといいかもしれません。
アメリカのスタンフォード大学とニューヨーク大学で行われた研究によれば、フェイスブックを止めれば、それだけで幸せになれます。
約3千人が参加した実験において、それらの被験者がフェイスブックの利用を一ヶ月停止すると、幸福感が高まり、不安感が軽減され、イライラすることが減った、という変化が現れたのです。
さらに、事あるごとにフェイスブックをチェックすることも無くなるため、平均で、一日あたり1時間も時間が増えたとか。
研究者たちは、フェイスブックが重要なツールであることは確かだが、我々の生活に与えるデメリットも大きいとしています。
これに対し、当のフェイスブック側は、「この研究は、同じような多数の研究の一つに過ぎない」とコメント。
果たして、本当にフェイスブックを止めた方が幸せになれるのか。
実は、アメリカのカーネギーメロン大学で行われた研究では、むしろ逆の結論が出ています。
それによると、フェイスブックを通じてコミュニケーションを取ることは、結婚するのと同じくらい、人生に満足感や幸福感を与えるのだとか。
ただし、他人のフェイスブックのページをただ閲覧しているだけでは駄目。
友人などの投稿に、積極的にコメントすることが重要です。
研究者らによると、一月あたり、60件ほどのコメントを残すことを習慣化すれば、上述のような幸福感が得られます。
上記の研究結果のどちらも正しいとすれば、結局、「ただ見るだけ」のフェイスブック利用者は、あまり幸せな時間を過ごしていないと言えるかもしれません。
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2 自撮りしまくる
続いてご紹介するのは、スマホさえあれば、誰でも簡単に実践できる方法です。
それは、自撮り。
周りからナルシストと言われようが何だろうが、とにかく自撮りしまくりましょう。
アメリカのカリフォルニア大学バークレー校において、約40名の学生に対し、毎日自撮り写真を友だちとシェアする、という行動を4週間続けてもらい、彼らの心理面にどのような変化が現れるかが調べられました。
その結果、彼らは日々の生活をより幸せに感じるようになり、自信も高まったのです。
驚くことに、「作り笑顔」で自撮りした場合であっても、この効果は変わらないのだとか。
スマホ内に蓄積される自撮り写真の数が、数百、数千、数万と増えていけば、幸福度もそれだけアップ……するかどうかは知りませんが、とにかく、今より少しでもハッピーになれるなら、やらない手は無いでしょう。
3 うたた寝
学生時代の地獄といえば、昼食後の5時限目。
眠くて眠くて眠くて仕方がないのに、聞こえてくるのは、
「藤原不比等がどーのこーの」
とか、
「炭酸水素ナトリウムがどーのこーの」
とか、
「こ き く くる くれ どーのこーの」
とか……。
寝ろと言わんばかりの「お経」攻撃。
まあ、僕の場合、5時限目に限らず、授業は全部お経にしか聞こえませんでしたが。
人間は、夜中に十分な睡眠をとっていても、日中、たいてい眠気に襲われます。
そんなとき、短時間、うたた寝をすることで、集中力が復活することは、かなり以前から科学的に実証されていましたし、我々はみな、経験的にそのことを知っています。
しかし、イギリスのハートフォードシャー大学で数年前に行われた研究によると、うたた寝は、幸福感とも関連があるのです。
同大学のリチャード・ワイズマン教授によれば、日常的に、30分未満のうたた寝をする人は、それより長くうたた寝する人や、全くうたた寝をしない人に比べ、より強い幸福感を抱いている傾向が見られるのだとか。
ということは、ストレスの溜まりやすい仕事中は、うたた寝をする必要性が特に高いと言えそうです。
とは言っても、実際にうたた寝ができる職場というのはかなり少ないでしょうが。
ちなみに、グーグル社では、従業員のために、「うたた寝専用スペース」を用意しているとか。
やはり世界のトップ企業は違いますね……。
4 他人に親切にする
情けは人の為ならず。
他人に親切にすれば、それは良い報いとなって自分に戻ってくる。
どうやらこれは、科学的にも正しいようです。
アメリカのエール大学で心理学を教えるローリー・サントス教授によると、ボランティア的な行動をよくとる人は、そうでない人に比べ、人生に幸福感を感じる割合が高いそうです。
我々が、他人のためになることを行うと、たとえ何も見返りが無くても、脳内では、報酬を貰ったときと同じ部位が活性化するのだとか。
つまり人は、他人に感謝されるようなことをすれば、それだけで自分も幸せを感じるということ。
それだけではありません。
毎日、少額のお金を、自分のために使った場合と、他人のために使った場合とで、幸福感にどのような違いがあるのかを調べた実験があります。
その結果、他人のために使った場合のほうが、幸福感が長続きすることが分かりました。
さらに、ボランティア活動は、孤独感を解消したり、目的意識を高めたりするなど、普段の仕事からは得られにくいものも得られるそうです。
リモートワークが増えてきている昨今では、人と人とのつながりが、ネットを介したものばかりになりがちですが、それによる喪失感を、ボランティアが埋めてくれると言えるかもしれません。
こうして見ると、ボランティア活動には、実に多くのメリットがあります。
ただし、だからといって闇雲にボランティア活動をするのは考え物。
自分の仕事や生活を犠牲にしてまでボランティアをするのは、逆効果です。
何事も、バランスが大事、ということでしょう。
5 自分の死について考える
もしあなたが、現在かなり落ち込んでいて、何をしても全く幸せを感じられないという状態なら、自分の「最期の時」について考えてみるのが幸せへの近道かも知れません。
誤解してほしくないのですが、決して危ない意味で言っているのではありません。
イギリスにあるリーズ・ベケット大学のスティーブ・テイラー教授によると、このような思考に耽ることは、人生をよりポジティブに生きるのに効果的なのだとか。
難病を患ったり、大事故に見舞われたりして生死の境を彷徨った人は、生還を果たしたとき、生きることに対して、非常に前向きになります。
これは、以前は当たり前だと思っていたことが、そうではないことに気づくから。
家族や友人、恋人と共に過ごすという、ごく普通のことに、大きな喜びを覚えるのです。
また、些細なことで悩むことが無くなり、物欲や金銭欲から解放され、利他的になります。
そして、こういった人生観の変化は、時とともに弱まることはあっても、完全に無くなることはありません。
よって、このような体験をした人は、そうでない人に比べ、生きていて幸せを感じる機会が多くなるのです。
とは言っても、誰もがそんな体験が出来るわけではありませんし、意図的にするのも無理でしょう。
しかし、実際に体験する必要は無いのです。
先程のテイラー教授の話によれば、自分の身にいつか訪れるであろう最期の時について深く考えることも、人生をポジティブに捉えるのに役立ちます。
誰しも、その時がやって来ることには、恐怖心があります。
だからこそ、普段はそんなこと、考えもしません。
しかし、その事実としっかり向き合うことで、次第に恐怖心が薄れ、人生にとって本当に大切なモノが見えてくるようになるのです。
より良く生きるために、それとは真逆の運命について熟考する、というのは、逆説的ではありますが、全ての人間に、平等に、必ず起きる瞬間について考えるのは、不合理でも無ければ、不謹慎でもないでしょう。
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問 復讐によって人は幸せになれるのか
自分をコケにしたあの野郎だけは絶対に許すことはできない。
この恨み、晴らさでおけば平常心を保てぬ!!
そんな相手が、誰しも、一人や二人、いや、人によっては数十人はいるはず。
自分の脳内で、その憎き相手をフルボッコにしている妄想劇場を展開したことのある人もいるかも知れません。
ええ、そうです、私ですとも。
では、実際に復讐を果たしたら、それによって幸せになれるのか。
その答えの一つを、「ブルーマンデー(憂鬱な月曜日)」という言葉を作ったとされる心理学者、クリフ・アーナル氏が出してくれています。
それによると、復讐によって幸せになれることは、極めて稀であるとのこと。
憎い相手を叩きのめしたとき、確かに我々は、何とも言えない爽快感、達成感に満たされます。
しかしながら、その感覚は、長続きしません。
また、その相手に対する憎しみも、一旦は雲散霧消したかに思えて、時間とともに再び頭をもたげてきます。
それと同時に、自分がやってしまったことへの罪悪感も増大。
結局、長い目で見ると、復讐によって本当に幸せになれるケースは、ほとんどありません。
アーナル氏によれば、復讐に代わる最善の解決法は、その相手を許すことなのだとか。
そして、自分自身がどう生きていくかということにだけ意識を集中すること。
復讐したい相手のことが頭をよぎって、その度に怒りの感情に支配されることは、その相手のために自分の自由な行動が奪われているということでもあります。
言わば、そんな鬼畜な人間のために、人生を損しているということ。
もちろん、理屈ではそれを理解していても、簡単には復讐心が抑えられない、という人もいるでしょう。
そんな人の場合、本当に復讐してしまったら、その先に何が待っているのかを紙に書いてみるのも一つの手。
その相手が、法の裁きを免れているような最低な人間であっても、こちらが危害を加えれば、当然、こちらが刑事責任を負うはめになります。
そう考えると、復讐心をいつまでも抱えておくのは、あまり意味の無いことだと言わざるをえません。