日本人は基本的に占いが好きな国民だという気がします。
テレビや雑誌などでは占いを目にする機会が多くありますから。
視聴者、読者が占いを信じるか否かに関わらず、何月生まれの人は金運が上がるとか、恋愛運が上がるとか、そんな情報が飛び込んできます。
占いを信じる人にとっては有益な情報なのでしょうが、信じない人にとってはどうなのか。
そもそも、占いを信じてる人って日本にどれくらいいるのでしょうか。
今回は、占い「信じる派」と「信じない派」について考えるところをまとめてみました。
1 占いを1ミリも信じない人
僕は占いを全く信じていません。
何の興味もありません。
こんなことを書くと、占いを信じている人たちからは、「おいおい、ケンカ売ってんのか!」と怒鳴られそうですが、そんなことは無いのです。
占いは微塵も信じていませんが、占いを否定する気もありません。
世の中には、占いによって人生が好転した人や、悩みが解消した人、生きることに希望を見い出せるようになった人などが山ほど存在します。
これだけ多くの人の役に立っているものを僕が否定したところで何の意味も無いのです。
かつて、中島らもという作家が言っていました。
占いとは、宗教のようなものだと。
そして宗教がなぜ存在するのかと言えば、それは、人が生きるのを少しラクにさせてくれるからであると。
らもさんのこの論法でいけば、人が占いに頼るのは、そのほうがちょっとラクに生きられるからということになるでしょう。
重大な「人生の選択」を迫られたとき、常に自分で決定せねばならないというのは、時には過酷な試練となります。
そんなとき、占い師から助言をもらうことが出来れば、気持ちがラクになるのは間違いありません。
2 占いを信じない理由
占いは生きるのをラクにしてくれる。
それが分かっていながら、僕は何故占いを信じないのか。
これはつまるところ、占いに何を求めるか、ということに尽きます。
心の負担を軽くさせたいという人には、占いはほぼ例外なく役に立ちます。
しかし、占いの結果が当たったか外れたかを重視する人は別です。
何故なら、多くの場合、占いは当たったか否かを確かめる術が無いから。
主観的要素が一切入りこまないような事柄についての「予言」であれば、当たったかどうかは簡単に判別できます。
例えば、米国の次期大統領は誰か、といったこと。
一方、人生の岐路に立たされたときに受けるアドバイスは、それが正解だったかどうかは確かめようがないのです。
例えば、大学卒業を前にして、「Aの道」に進むか、「Bの道」に進むかで悩んでいるとします。
高名な占い師に相談したところ、「あなたはBの道に進む方がより大きな成功を収める」と助言されたとする。
その助言どおりBの道に進み、それなりに充実した生活を送ることができた場合、この占いは当たったことになるのか。
一見すると当たっているようにも思えますが、厳密にいえば、これは判断しようがありません。
Bの道の方が正解だったかどうかは、「分岐点」まで時間を巻き戻した上で、改めてAの道を選び、その結果をBの道の場合と比較するしかないからです。
言うまでもなく、そんなことは現実には不可能。
さらに言えば、Bの道が正解だったかどうかを、どの時点で判断するのかという問題もあります。
Bの道を進んだ結果、それなりに成功は収めたものの、40歳ごろから状況が変わり、転落人生を送る羽目になるかも知れません。
一方のAの道は、序盤は鳴かず飛ばずだったものの、40歳ごろから急激に運気が上向いていくるということもありえます。
どの時点を基準にするかで、占いが正しかったかどうかは、いくらでも変わりうるのです。
3 占い師から一転、占い否定派へ
占いに関する話題でどうしても触れておきたい人物が2人います。
まず一人目は、故・和泉宗章氏。
「天中殺」という占いで名を馳せた人で、それに関する多くの著書がありましたが、たった一度予言を外しただけで占い否定派に転じ、その後は霊感商法などの被害を防ぐための活動を行っていました。
ちなみに、外した予言は「巨人軍の長嶋監督が1980年2月までに辞任」というもの。
おそらく和泉氏は、自分の占いに絶対の自信があったのでしょう。
だからこそ、その占いが外れるなどという事態を受け入れられなかったのだと思われます。
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4 芸能界随一の占い嫌い
芸能界で最も占いを忌み嫌っていた人といえば、故・上岡龍太郎氏で間違いないでしょう。
あるテレビ番組の収録中、一人の占い師と口論になり、「今から僕がアンタの頭を叩くかどうか占ってみろ」と言い放ちました。
その占い師は、常識的に考えてありえないと思い、「叩かないでしょう」と答えたのですが、そう言った瞬間に叩かれたのです。
当然ながら、叩かれた占い師は激怒。
それに対し上岡氏は、「こんなもの芸人のツッコミのようなもの」と軽く受け流したそうです。
結論 やっぱり占いは宗教だ
占いは宗教の一種だと考えると、「信じる派」と「信じない派」がいがみ合う必要など何もありません。
単に「宗派」が違う。
それだけの話です。
もちろん、宗教とは異なる側面もあります。
それは、占いは日常生活に入り込む機会が多いということ。
朝のニュース番組で、「今日の占い」というコーナーは珍しくないですが、「今日のイスラム教」というのはまずありえません。
芸能人の運勢を占う番組は人気がありますが、芸能人にキリスト教を説く番組はおそらく視聴率が取れないでしょう。
とはいうものの、やはり占いは宗教的側面が極めて強いと思います。
信じる人、信じない人、それぞれが独自の宗教観を持って生きている。
そんな感じに思えます。
















