故人の最後の望みくらいは叶えてあげたいものですが……。
自分が死んだ後で生前の意思を実現させるための最も簡単な手段は、やはり遺言を書いておくことでしょう。
誰にどの財産を相続させるかという点について、例えば配偶者のことを最優先に考えることも出来ます。
さらに、配偶者が亡くなった後、その兄弟姉妹に自分の財産が受け継がれるのは我慢ならないという場合は、遺言では対処できませんけれども、信託を利用すればそれも実現可能です。
このように、故人の遺志を叶える方法は色々とあるわけですが、その内容が常識外れなものだったらどうなるのか。
今回は、そんな奇妙な遺言の数々をご紹介します。
〈originally posted on March 17,2018〉
1 毎年降霊術を行うべし
脱出マジックを得意とし、歴史上最も偉大な奇術師の一人とされるハリー・フーディーニは、母親を亡くしたとき、降霊術を使って母親との再会を果たそうと試みました。
しかし、何度やってもその願いは叶わず、これによってフーディーニは、降霊術の存在自体を真っ向から否定するようになります。
そして、降霊術がインチキであることを証明するため、彼は十個の単語からなる秘密の暗号が書かれたメモを予め妻のベスに手渡しておき、自分が死んだら毎年降霊術を執り行うように告げていました。
フーディーニの霊体が術者に乗り移り、その術者がベスに秘密の暗号を伝えれば、本当に彼の霊が呼び出されたと言えますが、そうでなければ降霊術は失敗です。
夫の遺志を尊重していたベスは、彼が亡くなってから10年間、毎年ハロウィンの日に降霊術を実践しましたが、結局、フーディーニの霊が訪れることは一度たりともありませんでした。
10年もの間、律儀に降霊術を続けたベスは、1943年にこう語っています。
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2 遺灰はプリングルズの容器に収めるべし
果てしなくどーでもいい情報で恐縮ですが、僕はプリングルズが死ぬほど好きです。
一度食べ始めたら止められず、もはや主食にしてもいいとさえ(少しだけ)思います。
それはさておき、プリングルズの特徴と言えば、あの長い円筒形の容器と、その中にキレイに積み上げられた独特の形のチップスでしょう。
そして、それらを考案し、特許を取得したのが、有機化学などが専門のフレッド・バウアという学者。
形がバラバラのポテトチップスを袋に詰めたものしかなかった1960年代に、圧倒的な存在感でもって登場したのがプリングルズなのです。
その生みの親とでも言うべきバウアは、ちょっと変わったことを遺書に書いていました。
自分が死んだら、その遺灰をプリングルズの容器に入れて欲しいと頼んでいたのです。
いくら本人の望みとはいえ、遺灰をお菓子の容器に入れるのは遺族としては抵抗があったでしょうが、バウアの子供たちは、父親の望み通りに遺灰の一部をプリングルズの容器に収めたそうです。
3 無人の屋敷で食事を用意すべし
19世紀後半、米国バーモント州で工場を経営していたジョン・ボウマンは、ある奇妙な目的のため、当時5万ドルという巨額の資産を信託財産としました。
ボウマンの妻と二人の娘は、不幸にして彼よりも先に亡くなっており、このことから彼は、自分が死んだら家族全員が復活を遂げるはずだと信じるようになります。
そのため、自分が死んだ後も、家の中を家族がいつでも帰って来られる状態にしておこうと考えたのです。
1891年にボウマンが亡くなった後、その豪邸内の21ある部屋は毎日欠かさず家政婦たちによって掃除がなされ、食事も4人分きっちりテーブルに用意されました。
主を失った屋敷で毎日ディナーが出されるのはそれだけで既にホラーな感じですが、彼にとっては、家族が甦った時に食べるものが無いのを避けたかったのでしょう。
この不気味な行いは、ボウマンが死んでから信託財産が底をつくまで約60年間も続きました。
4 男性専用図書館を設立すべし
米国アイオワ州で弁護士をしていたT.M.ジンクという男性は、結婚して娘が一人おり、それなりの財産も蓄えて、何不自由ない生活を送っていました。
しかし、そんな彼にとって、この世でたった一つだけ許しがたい存在があったのです。
それは、女性。
特定の女性ではなく、世のすべての女性です。
女性に対する彼の憎悪の強さは、山を引き抜き世を覆い尽くすほどだったとか。
その証拠に、1930年に彼が死んだとき、その遺書には次のような驚くべき内容が書かれていました。
まず、遺産については、娘に5ドルだけ相続させる。
妻には1セントも相続させない。
そして、5万ドルを信託財産とし、それを運用して「ジンク男性専用図書館」を設立する。
言うまでもなく、ツッコミ所満載なのが、最後のナンタラ図書館です。
この図書館は、全ての入口に「女性の入館禁止」という張り紙がなされ、また、所蔵する全ての本は、男性の著者によるものだけになる予定でした。
遺書によると、ジンクがそこまで女性を嫌うようになったきっかけは、一つは、彼が女性と様々な経験をする中で彼女たちをつぶさに観察した結果。
もう一つは、女性が書いた文学や女性の説く哲学を研究した結果。
具体的に何があったのかはよく分かりませんが、遺族にとってこういう遺書は厄介なことこの上ないでしょう。
そこで、彼の娘は、遺言書の有効性を裁判で争うことを決意。
その結果、彼女は父親の遺産を相続し、「ドキッ、男だらけの汗くさ図書館」を設立する計画も無効となりました。
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5 誰でも良いから財産を贈与すべし
について、僕に関して言えば、今はまだ何も考えていませんが、おそらくいつかは書くことになるでしょう。
遺言の書き方は、ネットで簡単に調べられますし、特に難しいことはありません。
最も簡便な方法である「自筆証書遺言」は、家庭裁判所の検認手続が必須という面倒な点がありましたが、現在は法務局に遺言書を保管してもらうことで、そういった不便さも軽減されています。
しかし問題は、遺言を書いておくような年齢になったとき、自分が天涯孤独だったらどうするか、ということなのです。
〈日本人男性の生涯未婚率23%…〉
妻はいない。子もいない。親は既に他界。兄弟はいるが、仲が悪いから除外。
本当にこんな状況になったら、自分の財産を誰に受け継がせるかが決まりません。
今のは一応冗談で書いたのですが、自分の場合、強ちありえなく無さそうなのが怖い……。
〈リスボンの町並〉
ポルトガルで高貴な家系に生まれたルイ・カルロス・デ・ノローナ・カブラル・デ・カマラという男性は、正にそんな状況で遺言を書こうとしていました。
孤独そのものと言うべき人生を歩んできた彼がいくら悩んでも、自分の家と土地を遺す相手として、ただの一人の名前も思い浮かびません。
このままでは、相続人不存在となってそれらが国のものになってしまう。
それだけは耐え難い。
そう考えた彼の最終手段が、電話帳で適当に選んだ人々に遺産を山分けさせる、というものでした。
彼が亡くなったとき、リスボン市内に住む70人にいきなり弁護士から電話が。
そして、彼らは自分が会ったことも無い男性から遺産を贈与されたことを知るのです。
ラッキーなことだと素直に喜んだ人もいたでしょうが、全員がそうではありません。
テキトーに選ばれし70人の中には、既に十分な財産を所有しているため、自分が住む予定も無い不動産の持分を譲受けたところで迷惑なだけと感じた人もいたようです。