大きな事件が発生すれば、その内容はマスメディアによって時にセンセーショナルに取り上げられます。
容疑者はおろか、小さな手掛かりさえ無い状態であっても、専門家が長々と事件の真相を推理することもしばしば。
そして、いざ犯人が逮捕されると、実に意外な犯行動機があった、ということもあります。
さらに驚きなのは、世間を騒がせておきながら、そもそも「事件」が発生していなかったというケースがあることなのです……。
(アイキャッチ画像:cottonbro / Pexels)
〈originally posted on November 16, 2021〉
1 クリスマスの誘拐事件
2008年のクリスマス。
米国フロリダ州マイアミに住む一組のカップルに悲劇が訪れました。
テレビカメラの放列と記者団を前にして、彼らは切実に訴えかけたのです。
息子を返して欲しい、と。
父親のジョンは、涙をこらえながら、
「クリスマスなのに……」
とつぶやきました。
母親であるミーガン・マコーミックの話によれば、クリスマスイブに、生後5ヶ月の息子ライリーをベビーシッターに預けて外出したところ、帰宅したときには二人とも消えていたとのこと。
そのベビーシッターは「カミーユ」という名で、フランス語訛りがあったとか。
ミーガンは、息子の外見的な特徴もカメラの前で説明。
それによると、ライリーは、歯が一本だけで、モヒカン頭、体にはタトゥーのペイント。
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なるほど、ライリーは、映画『マッドマックス』に出てきそうな感じの幼児です。
何にせよ、ライリーは、ベビーシッターであるカミーユが連れ去った可能性大。
よりにもよってクリスマスイブに他所様の子を誘拐するなど言語道断。
マイアミポリスの多くの警察官が、ライリー捜索のために立ち上がりました。
ミーガンの話では、息子とカミーユの所在は見当がつかず、彼らがフロリダ州にいるかどうかも分からない、とのこと。
唯一の手掛かりは、ベビーシッターが「フランス語訛り」であったということだけ……。
こういう場合、名探偵がいれば、この難事件を華麗に解決してくれるのでしょうが、しかし、この「誘拐事件」に名探偵など不要でした。
何故なら、「カミーユ」などというベビーシッターは、最初から存在していなかったから。
さらに、モヒカン頭のマッドマックス君も真っ赤なウソ。
すべてはでっち上げです。
事の発端は、ミーガンとジョンが破局したこと。
ジョンと別れた後、彼のことが忘れられないミーガンは、「子供が生まれた」というウソをジョンに伝え、それによって、よりを戻そうと画策。
しかし、彼女にとって予想外だったのは、その話を信じたジョンが、「子供に会いたい」と言って、早々にミーガンの所に来てしまったこと。
焦った彼女は、「息子が誘拐された」という話を捏造。
気づいたときには、ジョンと一緒にカメラの前。
元々、ウソにウソを塗り重ねて起きた「誘拐事件」ですから、バレるのに時間は要しませんでした。
警察を巻き込んだウソの代償は大きく、ミーガンはこの騒動が原因で逮捕されています。
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2 誘拐犯からの脅迫メール
2021年2月、イングランドのケント州に住むクリストファー・セルマン(23)の知人2人が、恐るべき写真をメールで受信しました。
それは、身動きの取れなくなったセルマンが、喉元にカミソリを当てられている写真。
さらに、続いて送られてきた動画には、彼が激しい拷問を受けている様子が。
送信元を示す電話番号は、彼らの知らないものでした。
添えられていたメッセージの内容は、指定された口座に金を振り込めば、セルマンを解放してやるとのこと。
どう考えても、セルマンは誘拐され、どこかに監禁されている状況。
しかも、犯人の要求通りにしなければ、彼の命があと何日もつか分からない。
その知人らは、犯人の指示に従って、現金を振り込みました。
その翌日。
彼らのもとに、犯人から新たなメッセージが。
犯人は、さらに多額の金を要求してきたのです。
しかも、添付されていたのは、セルマンが口に銃口を突っ込まれている写真。
いよいよセルマンの命が危ないと感じた彼らは、金をかき集め、すぐにまた入金。
しかし、彼らの悪夢はまだ終わりません。
後日、さらに金を要求するメッセージが届いたのです。
これ以上の金は無い、と彼らが返信すると、誘拐犯は、
「こっちはお前らの住所は把握している。痛い目に遭いたいのか」
というように脅迫。
自分たちでは手に負えないと感じた彼らは、警察に相談することに。
警察は、誘拐犯からのメッセージと、過去にセルマンから送信されたメッセージを比較しました。
すると、両者の間にある共通点が。
どちらの文章にも、同じスペル間違い、文法間違いが見られたのです。
つまり、誘拐犯とセルマンは同一人物。
その後、セルマンは、自宅にいるところを警察に逮捕されました。
彼は、小遣い稼ぎのために、元カノに協力させて自分が誘拐されたという事件をでっち上げたのです。
セルマンには、裁判で2年4ヶ月の懲役が言い渡されましたが、可愛そうなのは、被害者である知人たち。
彼らは、金を払わなければ本当にセルマンの身に何が起こるか分からないと思い込み、不安な日々を過ごしていたとか。
自分のことを本気で気遣ってくれる知人を罠にはめるとは、このセルマンという男、本当に最低な野郎です。
3 服役の初日に消えた詐欺師
懲役20年を食らった被告人が、服役する直前に、自ら「極刑」を自分に執行してしまったら。
被害者にとって、ある意味「最悪のシナリオ」とも言えることが、かつて起きました。
ヘッジファンドで巨万の富を築き、ウォールストリートで頭角を現した人物に、サミュエル・イズラエルという男がいます。
しかし、誰もが羨む彼の地位は、多くの投資家から騙し取った金の上に成り立っていたのです。
要するに、イズラエルは鼻持ちならない詐欺師。
2008年、彼は、裁判で懲役20年を言い渡されました。
そして、いよいよイズラエルが刑務所に収監される正にその日。
彼は消えたのです。
ニューヨーク市北部のベア・マウンテン橋には、彼の乗っていたSUVが停めてありました。
砂埃で汚れたボンネットには、指で書かれた次のようなメッセージが。
死ぬことは苦しくない
状況から見て、イズラエルは、服役を避けるために橋から身を投げたのだと思われました。
世間を騒がせた大詐欺師が、刑に服することなくこの世を去った。
被害者にとって、これほど救いの無い結末は無いでしょう。
しかし、被害者たちも、警察も、この結末を素直に受け入れることなど到底できませんでした。
国境検問所には監視のための警察官が増員され、街中のいたる所にイズラエルの顔写真を使った指名手配犯のポスターが。
つまり、イズラエルが死んだなどと信じていた人は、ほとんどいなかったのです。
さらに、アメリカで人気の犯罪捜査番組『America’s Most Wanted』でもイズラエルのことが大々的に取り上げられ、もはやイズラエルに居場所は残されていないのではないかと思える状況。
姿を消してから約1ヶ月後、イズラエルは警察に出頭してきました。
彼は、ずっとキャンプ場に身を隠していたのだとか。
イズラエルは、自分が騙した人たちを、少々甘く見過ぎていたようです。
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4 突然連れ去られた医師
2002年5月、米国アリゾナ州フェニックス在住の医師マーク・サレルノ(当時45歳)が、何者かに誘拐されるという事件が発生。
その3日後、彼の自宅から数百キロメートル離れた場所で、路上に停めてあった車のトランクから「出してくれ!」という声とともに、内側から激しく蹴る音が。
すぐに警察が呼ばれ、中から助け出されたのはサレルノでした。
彼がFBIに語ったところによると、事件のあった日、複数の男がサレルノを車のトランクに押し込め、ロックをした上で、彼を連れ去ったとのこと。
この誘拐事件は、当時、各種メディアで大きく取り上げられました。
しかしながら、程なくしてこれはサレルノ本人の自作自演であることが発覚。
何故バレたのかというと、彼が自分でトランクの中にヨッコラショと入り込む様子を通行人にばっちり目撃されていたから。
サレルノがこのような騒動を起こした原因は、彼の抱えていた病です。
精神的な悩みが深刻化し、うつ病に苦しんでいたのだとか。
死ぬことも頭をよぎったそうですが、最終的に行き着いた結論が、誘拐事件のでっち上げ。
彼はその後、裁判所から3年の保護観察処分を言い渡されることに。
とりあえず、これで一件落着。
……ではありません。
約半年経ったハロウィンの日、サレルノはまた行方不明になりました。
同年11月17日、ペンシルベニア州ピッツバーグの住宅街を、心ここにあらずといった表情で彷徨っている男性が目撃され、警察に通報が。
その男性は、サレルノでした。
この直後、彼は一時的に医師免許を失うことに。
しかし、彼はその後、仕事に復帰し、心の病に苦しんでいる人々を助ける活動などに専念。
2011年には、『フェニックス・ニュータイムズ』誌に、「マーク・サレルノ医師は、精神疾患が克服可能であることを示すお手本である」という記事が掲載されました。
誘拐事件騒動を起こし、失踪までしたサレルノですが、その後は自身の病気を乗り越え、医師としての本分に目覚めたようです。
今度こそ、一件落着。
……ではありません
2018年10月12日、彼はまたもや姿を消しました。