逆転できない裁判
。
それは、裁判が始まる前から結果が見えているような裁判。
そもそも、裁判で決着を付けようとすること自体が間違っている裁判。
裁判官にしてみれば、
「え、どーすりゃいいの、この請求……?」
と突っ込みたくなるような感じです。
こういう裁判は、如何に有能な弁護士であっても、審理の流れを覆すことは出来ないでしょう。
〈originally posted on November 24, 2021〉
1 事故死した息子を訴えた母親
2010年6月、オーストラリアのメルボルンで、車の正面衝突事故がありました。
この事故により、一方の車に乗っていたマハムド・ホムシ(26)とその3歳の娘が死亡。
妻も重傷を負いました。
事故原因は、マハムドの不注意により、車が反対車線に乗り出してしまったこと。
彼の母親であるイマンは、この事故のことを電話で知らされました。
息子を突然失ったことへのショックは相当に大きく、精神的なダメージから、彼女は休職せざるを得ない状態に。
一般論として、事故の被害者の遺族が、加害者を訴えて損害賠償を請求する、というのはよくありますが、しかしこの事故の原因を作ったのは彼女の息子。
しかも、彼は既に亡くなっています。
ところが、何を思ったか、イマンは訴訟を起こしました。
被告は、今は亡き息子マハムド(厳密にはその遺産)。
自分が負うことになった苦痛を、息子に償わせようというわけです。
とは言え、息子の亡霊が法廷に立つわけにはいきませんから、実際に訴訟を担当するのは彼の遺産の管理者。
ところでこの訴訟、冷静に考えてみると、何か妙です。
マハムドは、自らの落ち度により亡くなったわけですが、それによって精神的苦痛を受けた母親が、亡くなった本人にその責任を取らせようとしているのですから。
仮にこの主張が認められるのであれば、誰かが自分の過失で命を落とした場合、その親族たちは、一斉にその故人に対して訴訟を起こせることになります。
案の定、イマンの提起した訴えは却下され、その際、裁判官は次のように述べました。
事故発生時、イマンは現場におらず、息子の死にも直面していないので、直接の被害者ではない。
また、彼女を「第二の被害者」と認定できるだけの関係性が事故との間にあったと見ることもできない。
さらに、運転者は、自らの過失が招いた事故によって自分の身に起きる事態が、親族にショックを与えないようにする注意義務までは負っていない。
ぶっちゃけ、こんな訴訟を認めたら、不注意なドライバーの親戚縁者による訴訟が大量発生することは、火を見るよりも明らかである。
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2 「20歳若返らせることを請求する」
いつまでも若くありたい。
これは、男女問わず、誰もが抱いている思いでしょう。
オランダ在住のエミル・ラテルバンドという男性もその一人。
2018年、当時69歳だった彼は、一つの根本的な疑問にぶち当たりました。
「69」という数字に、一体何の意味があるのか、と。
自分はまだまだ精神的にも肉体的にも若々しくて健康なのに、この年齢のせいで、就職先を見つけるのにも一苦労。
おまけに、デートアプリを使って女の子とムフフなひとときを過ごしたくても、年齢を晒しただけで相手にもされない。
すべてはこの「69歳」という年齢のせい。
そこで彼は考えました。
そして訴えました。
俺の誕生日を、1949年3月11日から、1969年3月11日に変更してくれ、と。
つまり、自分の年齢について、法的に20歳サバを読ませろ、というわけです。
彼は、普段から食事制限、トレーニングなどを徹底した生活を送っていたので、医師からは、肉体年齢は45歳だと太鼓判をおされていたのだとか。
また、年齢変更が認められれば、自分の毎月の年金から1500ユーロを返納すると宣言。
さらに、自分の主張の正当性を強調するため、
「名前や性別を変えられる時代にあって、なぜ自分の年齢を決められないんだ?」
と問題提起。
実生活で、自分の年齢を少しごまかす人は珍しくないですが、性別をごまかす人はまずいません。
その性別さえ変えられるのに、年齢を変えられないのはオカシイ、というのは、一応説得力があるように思います。
年齢というものが、ラテルバンド氏のように、自分のアイデンティティと深くつながっているのであれば、一定の条件の下に変更を認める、というのもそれほど荒唐無稽ではないかも知れません。
しかしながら、結局、彼の主張は受け入れられませんでした。
生年月日を変更するための法的手段が無い、というのがその理由。
裁判所は次のようにコメントしています。
ラテルバンド氏が実年齢より20歳若いと感じ、そのように行動するのは勝手だが、生年月日を変更すれば、彼と関わりのある出生、死亡、婚姻など、20年間の記録が全て消滅することになる。
このことがもたらす法的・社会的な影響は極めて大きい。
公共の記録は、正確な事実を反映した情報であることが最も重要である。
自分の年齢に違和感を感じる、という人が救われる日は、果たして来るのでしょうか。
3 ニワトリが被告のガチ裁判
法廷で被告人席に目をやると、そこにいるのはニワトリ。
何ともシュールな光景ですが、これは、実際にあった裁判の話です。
と言っても、今から500年以上前ですが……。
1474年、スイスのバーゼル市で、一匹のニワトリが「黄身の無い卵」を生んだときのこと。
それを見た当時の人々はこう思ったのです。
何だこの妙な卵は……。
普通じゃない。
不吉だ。
コカトリスでも生まれるのではないか。
そして、この忌まわしい卵を生んだニワトリは、裁判にかけられることに。
被告はニワトリであり、ちゃんと弁護士も付きました
検察側の主張はこうです。
このような卵は、悪魔と同盟を結んだ者たちがよく欲する物であり、しばしば魔術的な用途で利用される。
ニワトリが不気味な卵を産むのは、悪魔に遣わされた魔女の仕業であり、その卵からはキリスト教徒に仇なす怪物が生まれる。
つまり、被告は人間を滅ぼす危険な存在であり、よって有罪。
これに対する弁護側の反論。
被告にはそのような敵意は無いし、人に害を与えたという証拠も無い。
また、ニワトリが邪悪な卵を産んだとしても、産卵は無意識のうちに起こる現象であり、ニワトリの責に帰すところではない。
つまり、被告に何ら責任は無く、よって無罪。
ここまで書いてきておいて何ですが、ニワトリ一匹の裁判が、こんなに真面目に展開されていたということに驚きます。
で、判決は一体どうなったのか。
検察側は、悪魔が動物に取り憑く例が聖書に記載されているという事実を、最後の切り札として提示。
悪魔に体を乗っ取られているのだから、やはり危険だというわけです。
聖書に記されている以上、これを否定する術はありません。
これが決定打となり、ニワトリは敗訴。
その後、この哀れなニワトリは、黄身の無い卵とともに、こんがり焼かれてしまったとされています。
4 警察犬を訴えた強盗犯
2013年7月6日、米国ジョージア州に住むランドール・ケヴィン・ジョーンズという男が、元カノの家に押し入り、金品を盗み出すという事件が発生しました。
盗まれた物は、カメラやテレビ、ゲーム機など。
被害に遭ったその女性は、ジョーンズが家から去っていったのを確認すると、すぐに警察に通報。
駆けつけた警察官が、逃げる犯人を発見し、抵抗しないように警告します。
一方のジョーンズは逃げる気満々。
そこで警察官は、警察犬の「ドラコ」をジョーンズに向けて放ちました。
ドラコは逃走する男に向かって一目散に突進し、彼の体をガブリ。
その拍子に、ジョーンズは崖から転落し、数針を縫う怪我を負いました。
それから2年後。
ジョーンズは、警察を相手取り、逮捕時の過剰な実力行使を理由に訴訟を提起したのです。
彼が被告として名前を挙げたのは、3人の警察官、そしてドラコ。
つまり、犬です。
自分に怪我を負わせた張本人(張本犬?)であるドラコは、訴える対象からどうしても外せなかったのでしょう。
これに対し、アトランタの巡回控訴裁判所は、
犬は人間ではないので、警察の過失を認定する上で個別に訴訟の対象にはできない。
と述べて、請求を却下。
この後、法廷内の人たち全員で、「あたりまえ体操」を踊ったとか、踊らなかったとか……。
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5 自分で自分を訴えた男
ニューヨークのブルックリンに住むトーマス・パーキンは、裁判で勝つためなら手段を選ばない男。
どう考えても敗色濃厚の訴訟で、1%の大逆転に全てを賭ける。
そういう男です(たぶん)。
1996年、母親のアイリーンから家を譲り受けた彼は、新たにベンチャー・ビジネスを始めるため、その家を抵当に入れて20万ドルの融資を受けました。
しかし、2003年、ベンチャーは失敗に終わり、借金は返済不能。
その結果、家は競売にかけられ、サミール・チョプラという買受人のものに。
同年、アイリーンが73歳で他界。
その葬儀も行われましたが、トーマスは死亡診断書を変造し、母親が生きていることにして、年金を不正に受給し始めました。
これだけでも立派な犯罪ですが、彼の強欲さはここで終わりません。
競売された家を取り戻そうと考えたのです。
そのためにトーマスが練った「大逆転」シナリオは以下のとおり。
家がトーマスに譲渡された事実は無い。
トーマスが勝手に家の所有者名義を自分の名義に書き換え、抵当権を設定したのである。
よって、この抵当権設定契約は無効であり、それに基づく抵当権実行による競売も無効。
したがって、家の所有権はアイリーンにある。
これらを踏まえ、アイリーンは、トーマスが家の所有権を取得した事実が無いこと、及びチョプラに所有権が移転していないことを確認するため、トーマスを訴える。
重要なのは、「母親であるアイリーンが、息子のトーマスを訴えた」という点。
形式的には親が子を訴えたことになりますが、実質的にトーマスは、母親のアイリーンになりすまして、その息子、つまり自分を訴えたのです。
これに関し、事実関係を確かめるため、2003年5月、アイリーンの自宅に役所から調査員数名が派遣されました。
家に到着した彼らの前に現れたのは、赤いドレス、デカすぎるサングラス、そしてスカーフを身に着けた「老女」。
どういうわけか、顔には酸素マスクを装着。
近所でなかなかお目にかかれないタイプの老女です。
調査員の話では、この女性、男性のように手が大きかったとか。
というか、お察しのとおり、この怪しい老女はトーマスです。
おそらくは喉仏を見られないためにスカーフを巻き、ヒゲを隠すために酸素マスクをしていたのでしょうが、70代の「女性」がこんな格好をしていたら、怪しまれるのは必然。
疑念を抱いた調査員が詳しく調べたことで、トーマスのウソが全て明らかになりました。
その後の刑事裁判で、彼は、詐欺罪により実刑を食らうことに。
この事件に関して、ブルックリンの地方検事であるチャールズ・ハインズ氏はこう語っています。
この男はバカじゃない。かなり賢いよ。犯行計画も大したもんだ。