記憶喪失という「設定」は、小説や漫画で実に多く使われる。
記憶を持たない、という特徴は、それだけでミステリアスな雰囲気を醸し出すからだろうか。
一方、現実の世界における記憶喪失の事例の中にも、やはり不可解な要素を孕んだものがある。
今回は、世界的に有名な、「奇妙な記憶喪失」の事例をご紹介しよう。
〈originally posted on April 15,2018〉
1 バーガーキングの男
2004年、ベンジャミン・カイルという男性が、「バーガーキング」の裏で意識を失った状態で発見された。
発見された当時は裸だったという。
その頭蓋骨には外傷を受けた痕跡があり、また、彼の記憶はあいまいで、「デンバー」と「インディアナポリス」のことを辛うじて思い出せる以外はほとんど何も覚えていなかった。
自分が何者なのかは全く認識しておらず、年齢に至っては実年齢よりも20歳も若いと思い込んでいた。
ファストフード店で発見された記憶喪失の男ということで各種メディアの注目を集めたのだが、奇妙なことに彼のことを知っているという人物は一人も現れなかった。
そしてこれまた不可解なことに、彼は現在、所在が判明しているにも関わらず「行方不明」として扱われている唯一のアメリカ国民なのである。
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2 知られざる兵士
の終結後、フランス南東部のリヨンで、一人の兵士が駅をさ迷っているのが発見された。
彼は精神的に強いショックを受けており、自分が何者なのか、今どこにいるのかさえ分からなかった。
そしてひたすら、
アンテルム・マンジャン
という名前を繰り返し口にするだけ。
どうやら戦争中の苛烈な体験により記憶を失っているようだったが、身元の手がかりとなる書類は見つけられず、彼は「知られざる兵士」として生きることとなった。
そして、発見されてから12年経ったとき、ようやく彼が「オクターブ・モンジュアン」という人物であることが判明。
過去にロンドンの大使館でウェイターとして働いていたことも分かった。
自分が何者であるかの手がかりを得た彼は、故郷に戻ると、
「教会は変わってしまった……」
とつぶやくばかりだったという。
結局、自分の家族を誰一人として認識できないまま、モンジュアンは精神病院で息を引き取った。
3 「記憶」と無縁の男
という男性は、1985年にヘルペス脳炎にかかり、それが原因となって「逆行性健忘症」と「前向性健忘症」を併発するという非常に稀な症状に陥った。
前者は過去の出来事を思い出すのが困難になり、後者は新しい事を記憶するのに支障を来たす症状である。
大脳皮質へのダメージが、「短期記憶」を「長期記憶」へと移行させるプロセスを阻害していたため、彼の生活には実質的に「記憶」という要素が存在しなかった。
つまり、瞬間的な意識の連続の中を生きていたのである。
普段の彼は、常に自分がこん睡状態から目覚めたような感覚でいたという。
思考を記録するために「日記」を手渡されると、クライブは来る日も来る日も次のような文を書くだけだったそうだ。
「自分は今、完全に目覚めている」
「自分は今、完璧に、疑う余地無く目覚めている」
「自分は今、極めて明確に、目覚めている」
「自分は今…」
「自分は今…」
「自分は今…」
「…」
4 自分の写真が分からない男
1981年、ケント・コクランという男性は、バイク事故によって脳に重度の障害を負ってしまい、過去の出来事を思い出せなくなった。
その結果、彼は自分の過去や未来について頭にイメージを描くことが出来なくなってしまったのである。
家族の写真を見せられると、それぞれの名前を言い当てることはできたが、写真の中に写っている自分の姿だけは誰なのかを認識できなかったという。
一方で、日常生活を送るのに必要な記憶は辛うじて保持されており、辞書に載っているような一般的な知識も思い出すことができた。
既存の知識に基づいた新たな事柄を学習することもできたが、やがて学習したことそれ自体を忘れるようになっていったそうである。
5 てんかん手術の代償
1951年、ヘンリー・モライスンという男性が、頭蓋骨に開けた穴から脳の一部を切除するという実験的な医療措置を施された。
施術は非常にお粗末なもので、使用された主な器具は、お手製のドリルと小型の掃除機、細い管だけという有様だった。
ヘンリーは幼い頃の自転車事故が原因で「てんかん」を患っていたのだが、これはその治療のために行われた手術だったのである。
「てんかん」を治療する手術としては一応成功だったが、その代償として彼は30~60秒しか記憶を保持できなない体となってしまった。
ヘンリーは自分の記憶障害について自覚しており、それについてしばしばこう語っていたという。
私は常に自分に問いかけるのだ。
少し前に何が起きたのか、と。
今この瞬間、目に見えている物はすべて明らかだが、過去に何があったのかを考えると不安でたまらないのだ。
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