患者の健康、そして命のために、医療現場で日々戦っている人々。
そんな医師や看護師を僕は心底尊敬しています。
患者の命が関わる緊張感の中で激務に耐え抜くというのは、誰にでもできることではありません。
その一方で、僕は彼らに対して少々引っかかる感情も抱いています。
それは、「患者へのタメ口」問題。
医療現場で働く人は、どういうわけか、患者に対してタメ口を使うことが多い。
特に、患者と接する機会の多い看護師でよく問題になります。
そういう認識を持っている人は多いようで、実際、ネットで検索すると、この「タメ口問題」を採り上げているサイトがいくつも見つかります。
その意味で、いまさらこのテーマで記事を書いたところで価値は薄いでしょう。
ただ、上記のサイトの大半は、医療従事者によって書かれたもの。
そこで今回、医療業界とは何の接点も無い筆者が、あくまで病院の利用者としての立場から、この問題を考察したいと思います。
まず、医療現場のタメ口が許されるか否かについては、大きく3つの立場があります。
原則肯定派、原則否定派、そして折衷派です。
原則的に、タメ口をOKとする立場。
初対面からいきなりタメ口をガンガン使っていきます。
しかし、この立場を取る人は少数派でしょう。
どんな患者に対しても、入院初日からタメ口というのは、あまりにも印象が悪すぎます。
例外的な場合を除き、タメ口を否定する立場。
例外的な場合とは、例えば以下のようなケースです(例示列挙)。
- 時間的に切迫している状況なので、言葉遣いよりも素早いコミュニケーションの方が重要である場合。
- 患者の症状(ex 認知症、難聴)から判断して、敬語以外の方が意思疎通が図りやすい場合。
- 砕けた会話の最中に不意にタメ口が出る場合。
- 患者自身がフランクに接してくれと明示的に要望している場合
こういった場合は、タメ口を使っても全く問題ないでしょう。
これら以外については、たとえ患者との付き合いが長くなっても、基本的には敬語で接するべきというのがこの立場です。
1 「患者によって言葉遣いを変える」は合理的か

肯定派または否定派のどちらかに固執するのではなく、患者との関係に応じて敬語とタメ口を使い分けるべきとする立場もあります(すなわち折衷派)。
患者との関係が浅いうちは敬語で接し、ある程度親密になればタメ口に切り替えることも可能です。
看護師の中で、おそらくこの立場を取る人が多いのではないでしょうか。
一見すると、折衷派は最も合理的なやり方に思えます。
患者の中には、タメ口に抵抗がある人もいれば、逆にタメ口の方が安心するという人もいるので、患者に応じて言葉遣いを使い分けるのが一番理に適っていると言えなくもない。
しかし、僕はこの立場は「非合理的」だと思います。
何故かといえば、患者を不快にさせるリスクを常に孕んでいるから。
例えば、タメ口がOKの患者からは青色のオーラ、タメ口がNGの患者からは赤色のオーラが出るとしましょう。
これならば、患者に接する側も適切に敬語とタメ口を使い分けられます。
看護師 甲:「201号室の田中さん、昨日、青色のオーラ出てたよ」
看護師 乙:「え~マジ?じゃあ今日からタメ口で大丈夫だね」
こんなシュールな会話も十分に成り立ちます。
しかしながら、そんな便利なオーラを出してくれる患者は存在しません。
よって、看護師それぞれの「基準」で以て、タメ口が使えるタイミングを見計らう必要があります。
そしてその「基準」は、患者側の「基準」と同じであるとは限りません。
むしろ、互いの「基準」がズレていることの方が普通でしょう。
つまり、看護師側が、
「だいぶ付き合いも長いし、もうそろそろこの患者はタメ口OKだよね」
と判断していても、患者側は、
「まだそこまで親しくないだろ!」
とか
「親しき仲にも礼儀ありだ!」
と考えている場合がありえるのです。
特に、患者が年配の人で、看護師との年齢がかなり離れている場合にこのズレは大きいような気がします。
ベテラン看護師であれば、タメ口を使うタイミングを把握するスキルも上達しているかもしれません。
しかし、医療現場はベテランの人ばかりではないわけで、さらに、ベテランでさえ100%成功するとは限らないのです。
このように考えると、「患者に応じて敬語・タメ口を使い分ける」というのは、まさに「言うは易く行うは難し」で、簡単になせる業ではないと思います。
2 折衷派の危険性とは

折衷派が怖いのは、タメ口のタイミングを誤ったとき、患者の尊厳を著しく傷つけてしまう可能性があることです。
実際、ある市立病院のウェブサイトに寄せられた苦情の中に、若い看護師からタメ口を使われ、怒りで涙が出てきた、というものがありました。
自分の子供、あるいは孫くらいの年齢の看護師からタメ口で応対されたら、顔では笑っていても、心中は情けなさでやり切れないという患者もいるでしょう。
また、患者がタメ口で扱われている現場を見て、その患者の家族が不快になる例も多々あります。
要するに、「タメ口で患者さんとの親近感を深めよう作戦」が失敗したとき、どデカいダメージをもたらすことになるのです。
「十分に信頼関係が築けたから、これからはタメ口でいこう」と思ってタメ口に切り替えた結果、その信頼関係が木っ端微塵に吹き飛んでしまっては、努力が水の泡です。
ちなみに、タメ口の「タメ」というのは、もともとは博打用語なのだとか。
奇しくも、患者に対するタメ口は、博打の要素があるように思います。
3 どちらのタイプの患者に合わせるべきか

患者に応じて敬語・タメ口を使い分けるのが難しいなら、看護師としては、「タメ口の方が安心する患者」と「タメ口に抵抗のある患者」のどちらかに言葉遣いを合わせる必要があります。
では、どちらに合わせるのが適当か。
これはもう明らかでしょう。
「タメ口に抵抗のある患者」に合わせる方が、どう考えても無難です。
年下から敬語を使われて憤慨する人は滅多にいませんが、年下からタメ口を使われて憤慨する人はいくらでもいますから。
4 敬語を使うのは面倒なのか

患者に敬語で接するといっても、別に、
「田中さん、今日のご気分はどのような感じでいらっしゃいますか。
どこか調子が悪ければ遠慮なく仰って頂ければ幸いに存じます」
みたいにバカ丁寧な敬語を使う必要など微塵も無いのです。
極端に言えば、語尾に「です・ます」「~ください」を付けるだけで十分でしょう。
例えば、
「田中さん、注射するよ」
「後でこの薬飲んで」
といったセリフを、
「田中さん、注射しますよ」
「後でこの薬飲んでください」
に変えるだけ。
たったそれだけの話です。
5 敬語のデメリットって何?

ところで、患者に対して敬語を使うことのデメリットとして、
- よそよそしい
- 距離感が生まれてしまう
- 冷たい感じがする
などといったことを挙げているサイトが数多くあります(ほぼ全て医療関係のサイト)。
しかし、「注射しますよ」や「この薬飲んでください」というセリフから「よそよそしさ」や「冷たさ」を感じるものでしょうか。
敬語によってよそよそしさが生まれるのは、もともと親しい間柄どうしの場合です。
例えば、ずっとタメ口だった彼女が急に敬語で話しかけてきたら、彼氏のほうは「何そのよそよそしい態度!?」と不安になるでしょう。
しかし、お店の店員さんが敬語で話しかけてきても、「冷たい店員だな」と思う客はいないはず。
他人どうしだからです。
患者と看護師も、もともと赤の他人どうしですから、初期の段階で敬語で接したからといって、よそよそしさが増すことはありえません。
さらに言えば、「よそよそしさ」や「冷たさ」というのは、単純に「敬語かタメ口か」だけの問題ではなく、その看護師の人柄や雰囲気、語気、言い方なども関係します。
敬語でも親しみを込めた言い方はいくらでも出来るし、タメ口でも相手を突き放す言い方はいくらでもあります。
しかしどういうわけか、医療業界では「敬語=よそよそしい」「タメ口=親しみやすい」という杓子定規な構図がガッチリ出来上がっているのです。
6 タメ口へと向かう謎のベクトル

看護師がタメ口にこだわる主な理由は、患者との信頼関係を築く必要があるから、あるいは患者の緊張をほぐす必要があるから、というものでしょう。
そのために、親しみのあるタメ口の方が適切だというわけです。
しかし先述のように、タメ口を使う相手やタイミングを誤ると、待っているのは「誤爆」です。
誤爆すれば、信頼関係は地を掃い、患者の緊張はほぐれるどころか、怒りMAXで心拍数が跳ね上がる。
完全に逆効果です。
そんなリスクを犯すくらいなら、原則的に敬語で通せばいいだけの話ではないでしょうか。
その方が、患者に応じて敬語・タメ口を使い分けるというタスクに脳力を割く必要が無くなるので、本来の仕事に専念しやすくなるような気がします。
それでもなお、隙あらばタメ口を使いたいのだとすると、そこまで看護師をタメ口に駆り立てるものとは一体何なのか。
医療業界を貫く強大なベクトルが、タメ口へと向かっているような印象さえあります。
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7 患者に主導権はあるか

本記事を書くに当たって、この問題に触れている多くのサイトを見ましたが、そのほとんどで共通して用いられているキーワードがあります。
「信頼関係」です。
信頼関係を築くために、タメ口が必要だというわけです。
しかし、どうにも奇妙な感じが否めません。
信頼関係というのは、どちらかが一方的に築いていけるものではないはず。
にも関わらず、看護師のタメ口問題については、ほとんど常に看護師が主導権を握り、言葉遣いを決定している印象があります。
実際にはありえないですが、本来なら患者に対し、
「そろそろタメ口にしたいんですが、どうですか。その方が意思疎通しやすくなって良いと思うんですが」
といったことを看護師が相談すべきでしょう。
もちろん、そんな相談は滑稽極まりないので、誰もやりません。
そこで、看護師が一方的に決めるわけです。
その上で「よし、信頼関係はバッチリだ」と断定する。
信頼関係を築く場面にしては独善性が強すぎます。
「相手はきっとこう思ってるはず」という思い込みだけで行動していては、信頼は得られないでしょう。
余談
以上、あくまで「病院の利用者」としての立場から、医療現場のタメ口について疑問に思っていることを挙げてみました。
こんな記事を書いておいて何ですが、僕自身は看護師からタメ口を使われた経験は全くありません。
入院歴が無く、病院に行ったこともほとんど無いからです。
もちろん、将来、入院生活を送る可能性はゼロではないでしょう。
そのとき、明らかに年下の看護師からタメ口を使われたら、やっぱり嫌だろうな、と思うのです。
たとえ、その看護師との付き合いが長くなったとしても、いや、付き合いが長いからこそ、タメ口は使ってほしくないですね。
最後に、今回採り上げたのは、あくまで医師・看護師の職場であるの医療現場の話であって、理学療法士や介護士が働く現場では、事情は異なってくると思います。