真犯人が遂に発見されなかった未解決事件において、大きな謎を残した奇妙な手紙をご紹介します。
事件の犯人が捜査機関やマスメディアに手紙を送ってくる例はそう多くありません。
わざわざ自分から捜査のヒントになるような情報を与えても、本人には何のメリットも無いでしょう。
しかし、中には事件の真相を暴露するような手紙が、事件から数年後に届くケースもあります。
そして場合によっては、それらの手紙がさらに事件の謎を深めてしまうことも……。
〈originally posted on April 8,2016〉
1 殺し屋からの手紙
2001年10月11日、アメリカのシアトルで49歳の連邦検事トーマス・ウェールズが何者かに射殺されました。
彼がオフィスにいたところ、窓の外からの弾丸によって命を奪われたのです。
犯人は不明のままでしたが、2006年の1月になってFBIに一通の手紙が。
封筒の消印はラスベガス。
封書はウェールズ殺害の犯人を名乗る人物からのもので、その内容によると彼は殺し屋で、ある女性に雇われてウェールズを殺したとのこと。
冷静に考えれば妙な手紙です。
殺し屋が自ら罪を告白しているわけですから。
FBIはこの差出人が真犯人であるとの見方を強めたものの、この男が殺し屋であるというのは嘘で、彼を雇った女性も存在しないと判断しました。
つまり、真犯人が捜査を撹乱するためにこのような手紙を送ってきた疑いが強いということです。
結局、犯人の逮捕には至りませんでしたが、ウェールズが捜査をしていた詐欺容疑の男が真犯人ではないかとも見られているようです。
2 消えた子供
2007年11月1日、ニューヨーク州グリニッジに住む12歳のジャリーク・レインウォーカーが、自宅から忽然と消えました。
養父であるスティーブンが朝目覚めてみるとジャリークの姿は無く、手書きのメッセージが残されていたのです。
そのメッセージの内容は、彼が自分の素行の悪さを詫び、これ以上迷惑にならぬよう家を出て行くというものでした。
実は、ジャリークの実母は薬物中毒のため子育てが出来ず、彼は複数の家に預けられた末にスティーブンの家に養子として引き取られたのです。
そんな複雑な家庭環境で育ったためか、スティーブンの家に来てからも色々とトラブルを起こしていたのだとか。
そして2008年1月、地元メディアに匿名の封書が届きました。
その内容を抜粋すると……。
ジャリークは生きている
ドラッグ戦争のために歩兵が必要だった
マカロニ・ファミリーとは何者?
僕の猫の名前はダイヤモンド?
冒頭の一文以外は、何が言いたいのかよく分かりません。
この他にも何かの暗号のような意味不明の文が羅列されてあったとか。
単なるイタズラという可能性も否定しきれませんが、ただ「猫の名前」に関しては、実際にジャリークの飼っていた猫が「ダイヤモンド」であったことから、警察はこの手紙の差出人が失踪事件と何らかの関わりがあると見ているようです。
3 謎の頭蓋骨
1990年6月28日、ミズーリ州ブリッジトンにあるカサ・ガヤルドというレストランのすぐそばの茂みでヒトの頭蓋骨が発見されました。
あらゆる手を尽くしてもその頭蓋骨の身元は分からず、警察によって保管されることに。
それから1年が過ぎ、匿名の手紙が警察に届きました。
手紙によると、頭蓋骨はL・シャーマンという人物のものであるとのこと。
警察が過去の記録を調べてみると、1985年4月22日からリンダ・シャーマンという27歳の女性が行方不明になっていることが判明。
さらに鑑定の結果、頭蓋骨はリンダのものであると確定しました。
真っ先に疑われたのは彼女の夫であるドン・シャーマン。
ドンはリンダとの関係が上手くいっておらず、離婚訴訟を起こされていたのです。
彼の話によれば、リンダが失踪した日、彼女は一人で車に乗って出て行ったまま帰ってこなかったとか。
状況からしてこの夫がかなりアヤシイですが、そうなると大きな疑問が生じます。
実は、ドンはカサ・ガヤルドの常連客だったのです。
ドンが犯人だとすれば、なぜ彼は自分と容易に結び付けられるような場所に被害者の頭蓋骨を置いたのか。
また、手紙の差出人が彼自身だとすると、自ら逮捕されるような危険を犯したのは何故か。
死体の残りの部分はその後も発見されておらず、この事件は未解決のままとなっています。
4 姉妹殺害事件の謎
1956年12月28日、シカゴに住むバーバラ・グライムス(15)とその妹パトリシア(13)が映画を見に行ったきり行方不明になりました。
大規模な捜索が行われたものの二人の消息はつかめず。
そして翌年の1月22日、二人の遺体が溝の中から発見されたのです。
第一容疑者として挙がったのはベニー・べドウェルという男。
彼は、姉妹が居なくなった二日後に、彼女たちに似た人物と一緒にいる所を目撃されていました。
ベニーは殺人罪で起訴されましたが、本人は容疑を否認。
この男には姉妹が消えた時間帯のアリバイがあったことから、結局この起訴は取り下げられました。
事件は振り出しに戻ったかに思われましたが、その後、地元紙に寄稿していたコラムニストのアン・ランダースという女性の元に匿名の手紙が届きます。
その手紙には、グライムス姉妹が男によって無理矢理車に乗せられた所を見たという内容が書かれていました。
警察はこの手紙の差出人こそが真犯人であるとの疑いを強め、ランダースから手紙について詳しく話を聞こうとしたのですが、彼女はそれを拒否。
ランダースとしては、差出人のプライバシーを守ろうという考えがあったのでしょう。
その結果、この事件は遂に解決されることはありませんでした。
5 礼拝の日に殺害された夫
1977年3月13日の日曜日、フロリダ州ダニーディンに住むロバート・ダーシャール(54)は教会へ礼拝に行く支度をしていました。
この時、彼の妻は別室にいたのですが、突然ロバートの寝室の方から銃声が聞こえ、急いで駆けつけます。
そこには既に息絶えた夫がおり、その傍らにはショットガンが転がっていました。
警察は、ロバートが自分のつま先を使ってショットガンの引き金を引き、正面から胸部を撃ちぬいて絶命したと断定。
しかし、警察のこの判断にはいくつか疑問が残りました。
つま先を使ったのなら弾丸は下から斜め上方向に飛んだことになりますが、実際のロバートの傷口を調べると、弾丸は上から斜め下方向に発射されていたのです。
さらに、部屋の中にはハンドガンが置いてあったにも関わらず、何故わざわざ銃身が長くて扱いにくいショットガンを使用したのか。
それらの謎が解明されぬまま16年が過ぎたとき、奇妙な手書きの封書が自宅に投函されているのにロバートの息子が気付きました。
消印の日付はロバートの命日になっており、その内容は……。
私はエイズにかかっている
もう先は長くない
神の許しを得るためにこれを書いている
君たちの父親を殺したのは私だ
ベッドに隠れている所を見つかってしまった
ああするしか無かった
この手紙の差出人は未だに明らかになっておらず、この事件の捜査班も既に解散してしまい、真相は闇に包まれたままとなっています。