日本人の俳優がハリウッド映画に出演するのは大変名誉なことであり、それだけでもかなり話題になります。
一方、アカデミー賞にノミネートされるようなハリウッドスターの場合、嫌々ながら役を引き受けるということも、稀にあります。
そういう場合、彼らは自分の出演している作品の内容について、ほとんど興味がありません。
また、嫌々ながらというわけではなく、むしろかなり真剣に役作りをしていたのに、結局自分の演じるキャラクターについて何も分かっていなかったという珍しいパターンもあるのです。
〈originally posted on July 9,2018〉
1 『トランスフォーマー』
巨大な変形ロボが大暴れする人気シリーズ『トランスフォーマー』には、メガトロンというキャラクターが登場します。
名前からしていかにもな感じのこのロボットは、デストロン軍を束ねる悪の親玉です。
昔から、アニメや映画におけるラスボス的な存在は、いかつい形相でやたらと低い声をしていることが多く、おそらくは監督のマイケル・ベイも、このキャラクターの声に関しては、邪悪な雰囲気を醸し出すような渋い声を求めていたのでしょう。
そして白羽の矢が立ったのが、ヒューゴ・ウィーヴィング。
映画『マトリックス』シリーズの中で、「ミスター・アンダーソン!」というセリフを連発しながら、主人公のネオを執拗に追い回す筆頭エージェントの役であまりにも有名な俳優です。
一般的に、悪役というのは俳優にとって挑戦し甲斐のある魅力的なものと言われますが、ウィーヴィングは、メガトロンやトランスフォーマーについてほとんど何も知らないまま、このキャラクターの声を担当したのです。
そもそも、彼は映画の脚本すら読んでおらず、撮影現場にも行かず、主人公を演じるシャイア・ラブーフにも会っていません。
監督とのやり取りは全てスカイプを通じて行われ、実際に声を録音する際は、与えられたセリフをスタジオの中でマイクに向かって読んだだけです。
所要時間はたったの2時間。
ウィーヴィングは、この仕事を引き受けたときのことを、街でいきなりファンから写真を頼まれたようなものだと語っています。
次の仕事の現場に向かわねばならないので急いでいるのだが、しかし無碍に断るわけにもいかない。
そんな感じの理由で承諾したのです。
また、ウィーヴィングによると、自分が出演する作品について何の知識も無いままその役を演じたのはこれが初めてだったとか。
しかも、そのことを彼は「全く気にしなかったし、考えることもしなかった」そうです。
結局、メガトロンのセリフは全て、演じている本人でさえそれらが何を意味しているのか分かっていない状態で収録されたのです。
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2 『リディック』
2004年に公開された『リディック』は、銀河系のお尋ね者である凶悪犯リディックが、惑星を次々と武力で支配していくネクロモンガーと壮絶なバトルを繰り広げるSFアクション映画です。
この映画には、予知能力を使ってリディックを導くエアリオンという女性が登場します(『マトリックス』におけるオラクル的な存在)。
そして、このエアリオン役を演じたのが、オスカーに7回もノミネートされている大物女優ジュディ・デンチ。
映画の公開から10年以上経った2015年、あるインタビューで『リディック』について尋ねられたデンチは、やや困惑気味にこう答えました。
エアリオンは、この映画の中ではかなり重要な存在なのですが、彼女はそのキャラクターがどういう役割を担っているのかを知らず、ストーリーも知らず、また、自分が出演しているのがSF映画であることも知りませんでした。
つまりは彼女、この映画に出る気など最初から微塵も無かったのです。
では、なぜデンチは何の興味も無い作品に出たのか。
ことの始まりは、リディック役のヴィン・ディーゼルが、デンチの熱烈なファンだったことにあります。
自分の主演する映画に出てもらうべく、ディーゼルはあの手この手を尽くしました。
デンチの舞台があることを耳にすると、尋常でない量の花束を劇場に送ったり、監督のデヴィッド・トゥーヒーが楽屋まで押しかけて交渉したり。
そして遂に、ディーゼルはデンチをディナーに招待しました。
ここまでされたデンチは、オファーを断るのに忍びなく、仕方なく出演を決意したのです。
3 『スーパーマン』
2004年に80歳でこの世を去ったマーロン・ブランドは、『波止場』や『ゴッドファーザー』でアカデミー主演男優賞を受賞し、20世紀最高の俳優とも言われています。
そんな彼の出演作品の中で、一つだけ他とは明らかに毛色の異なるものがあります。
それは、『スーパーマン』。
この映画の中で、ブランドはスーパーマンの父親であるジョー=エルの役を引き受けたのですが、撮影が迫ってくると彼は監督に相談し、ジョー=エルというキャラクターは、人間の言葉を話すベーグルという設定にして、自分はその声を当てると言い始めました。
彼は明らかに、SF感丸出しのコスチュームを着るのが嫌だったのです。
ただ、ブランドにとって非常に残念なことに、ジョー=エルが人間の姿をしているということは、原作のコミックにおいてすでに確定していました。
そこまでやる気が無いのになぜブランドは『スーパーマン』への出演を決めたのかというと、早い話、金です。
法外な金額の出演料でもって、彼はジョー=エル役を引き受けたのです。
ただし、それには一つ条件を付けました。
彼はこの映画の台本を覚える気など毛頭無かったので、各シーンの撮影中、セリフが書かれたカンペをブランドに見えるようにしておくことを注文したのです。
その結果、彼が登場するシーンでは、共演者が自分の腹などにカンペを貼り付け、カメラに映らないように注意しつつブランドに見せていました。
破滅の危機が迫った惑星クリプトンから、赤ん坊のカル=エル(後のスーパーマン)を宇宙船に乗せて脱出させるシーンでは、ブランドは赤ん坊のオムツに貼られたカンペを読んでいるため、よく見ると彼の視線は赤ん坊の股間に集中しています。
4 『シャイニング』
過去に一家惨殺事件のあったホテルにやって来て、そこで管理人としての仕事を始めた主人公のジャックが、次第に精神がおかしくなっていき、遂には自分の妻や息子に斧で襲いかかるという、スタンリー・キューブリック監督のホラー映画。
今から40年近くも前に公開された映画ですが、この映画を観ずしてホラー映画は語れないと言っていいほどの傑作です。
ちなみに、この映画のラストシーンが何を意味しているのかについては、いまだにファンの間で意見が分かれています。
〈オフィシャル・トレーラー〉
少しずつ着実に殺人鬼へと近づいていくジャックには息子がおり、その役を務めたのが、当時6歳のダニー・ロイド(現在は生物学の教授)です。
『シャイニング』における彼の演技は評論家から高い評価を受けたのですが、ロイド自身は、自分がホラー映画に出演していることなど全く知りませんでした。
6歳の子供には衝撃的すぎるシーンが多いため、キューブリック監督は、この映画は単純に「ホテルで生活する家族の物語」であるとロイドに説明していたのです。
もちろん、人が殺されるような場面は彼には決して見せませんでした。
完成したフィルムをロイドに見せる際にも、怖いシーンが全てばっさりカットされたものを使用。
彼が『シャイニング』本編を完全な形で鑑賞したのは10代になってからです。
優しい父親を演じていたはずのジャック・ニコルソンが、狂ったように斧をドアに叩き込んで妻を殺そうとしているシーンを初めて見たロイドは、かなりの衝撃を受けたことでしょう。
子役に残虐なシーンを見せないというのは、何と思いやりのある監督かと思われた方もいるかも知れません。
しかし、その一方でキューブリック監督は、ジャックの妻役のシェリー・デュヴァルに迫真の演技をさせるため、幾度と無く同じシーンを撮り直して彼女を精神的に追い込み、その結果、彼女は髪が抜け落ちるほどのストレスに苦しんだそうです。
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5 『ユージュアル・サスペクツ』
麻薬取引
が絡んだ抗争が元で30人近くが殺される事件が発生し、生き残った僅か二名のうちの一人、ヴァーバル・キントが捜査官に呼ばれて尋問を受ける。
キントは事件の顛末を淡々と語り、その結果浮かび上がったのは、闇社会を牛耳る伝説の男、カイザー・ソゼ。
生き残ったもう一人の男も、病院で治療を受けながら、うなされるように「悪魔……」「カイザー・ソゼ……」という言葉を繰り返す。
カイザー・ソゼとは一体何者なのか。
そもそも本当に存在するのか。
この映画は、キントの口から語られる話の内容が、再現映像のような形で展開します。
つまり、観客が目にするのは、ほとんど全て彼の話そのものなのです。
その話によると、キントを含め、脛に傷持つ5人のメンバーが、コバヤシと名乗る弁護士を通じてカイザー・ソゼの命令を受け、麻薬取引の現場を襲撃。
すぐに銃撃戦となるも、最後はカイザー・ソゼ本人と思しき人物によってその場にいたほぼ全員が殺されたとのこと。
話を最後まで聞いた捜査官は、キントの仲間の一人であるディーン・キートンこそがカイザー・ソゼであると推理。
実際、キートンを演じたガブリエル・バーンも、撮影中ずっと、カイザー・ソゼの正体は自分であると信じていました。
それだけではありません。
なんと、キント役のケヴィン・スペイシーを含むメインキャストの5人全員が、ブライアン・シンガー監督の説明によって、自分がカイザー・ソゼであると信じ込んでいたのです。
撮影が終了し、完成したフィルムを初めて観た彼らは、映画の最後でカイザー・ソゼの正体が明らかにされるとき、スクリーンに映っているのは自分であると思っていたことでしょう。
ところが、この映画の結末は、メインキャストですら全く予想していないものでした。
長い長い話を終えてキントが警察署を出ていき、残された捜査官が自分の推理に満足しながら、部屋の壁に雑然と貼られた印刷物を見ていると、ある信じがたい事実に気づきます。
話の中でキントが口にしていた、「イリノイ州のカルテット」「レッドフット」「グアテマラ」などといった様々な言葉が、それらの印刷物に書かれてあったのです。
愕然とする捜査官の手からコーヒーのマグカップが滑り落ち、床で砕け散った破片には、「コバヤシ陶器」の文字が。
ヴァーバル・キント(本物のカイザー・ソゼ)は、自分の視界に入った適当な単語を使い、その場で話を全てでっち上げていたのです。
ちなみに、キートン役のガブリエル・バーンは、試写を観終えてこの真実を知るやいなや、監督を試写室の外に引きずり出して怒りをぶちまけたとか。
しかし、考えようによっては、メインキャストの全員がカイザー・ソゼであると監督が説明したのは、あながち間違いではありません。
何故なら、キントの話に登場するのは、彼の仲間を含め、全て彼自身が想像によって生み出したものなので、ある意味、彼の分身とも言えるからです。