今回の記事で扱う「二重生活」というのは、いわゆる「二足のわらじ」とは少々意味が異なります。
二種類の仕事を抱えて生活するのは、それなりに苦労が伴いますが、生活が破綻することは無いでしょう。
しかし、二重生活は違います。
ある意味、常に破綻と隣り合わせ。
特に、その二重生活のことを周りの誰にも打ち明けない人がいるとしたら、当人が何かヤバイことに関わっている可能性が高く、「もう一つの顔」が明らかになると同時に刑務所行き、ということもあり得ます。
〈originally posted on February 5,2018〉
1 放火がヤめられない消防士
消防士として要求される能力には、火災現場で的確な判断を下すことだけでなく、器具などの細かなチェックから新人育成まで様々なものがあります。
ジョン・レナード・オーという男は、それら全ての能力に長けており、その優秀さから放火捜査員としての仕事を任されるまでになりました。
1984年、サウス・パサデナ市でホーム・センターが全焼し、2歳の子供を含む4人が亡くなったとき、現場を調べた捜査員たちは、漏電による火災、即ち事故であると結論付けます。
しかし、ジョンだけは、放火によるものだと頑なに主張したのです。
それもそのはず、その火災を引き起こしたのは彼自身でした。
彼は消防士という仕事に情熱を注いでいたというよりは、おそらく「炎」そのものに惹かれていたのでしょう。
放火事件の捜査をする傍ら、ジョンは自ら放火を繰り返します。
放火事件において、どのように捜査が行われるのかを熟知していたジョンは、自分に疑いの目が向けられぬよう周到に立ち回っていました。
ところが、1987年、彼がターゲットにした建物で放火が未遂に終わり、その現場から一枚の紙切れが発見されます。
紙切れから採取された指紋をジョンのものと照合すると、ピタリと一致。
さらに、位置情報の追跡装置を彼の車に取り付けたところ、火災が起きる前に火事の現場に立ち寄っていることも判明しました。
これらの証拠によりジョンは逮捕され、裁判で終身刑が宣告されています。
結局、ジョンが犯した放火事件は2千件近くに上ると見られており、ロサンゼルスの住宅地における巨額の財産が、彼一人の手によって灰と化したのです。
2 決して我が子に言えない秘密を抱えた母親
ニューヨークのアッパー・イースト・サイドに住むアンナ・グリスティーナ(44)は、人生で二人目となるダンナと4人の子供とともに、ごく普通の生活を送るごく普通の主婦でした。
少なくとも、近所の人たちにはそう映っていたのです。
変わった所を強いて挙げるとすれば、自宅の庭で巨大なブタを飼っていたこと。
とは言え、危険な動物を飼うような非常識な人間よりはよっぽどマシでしょう。
しかし、グリスティーナには、普通の主婦では考えられない秘密がありました。
夜になると彼女は、高級娼館を仕切るマダムに変身し、億万長者を含む超リッチな客たちを相手に荒稼ぎしていたのです。
グリスティーナの店で働いていた女性は常時50人以上で、そのほとんどは1時間あたり2000ドル(約21万円)を現金で受け取っていました。
しかし2012年2月、5年間に及ぶFBIの捜査の末、グリスティーナは遂に逮捕されます。
後の裁判で、彼女は懲役5年と保護観察5年が宣告されました。
3 邪悪すぎる牧師
1980年代にフロリダ州セブリングの町に移り住んだジョン・カニングは、その地で牧師としての生活を始めました。
彼が勤務することになったのは、「生命の泉」という名の教会で、信者は50名ほど。
1988年、その信者でもあるレオ・グリースと妻のハゼルは、お互いに80代という年齢で、カニング牧師の見守る中、結婚式を挙げました。
しかし、二人の健康状態は次第に悪化。
それを受けて、カニングは出来る限りレオとハゼルの世話をする事を約束し、これに対して二人は、そのために必要な範囲で法的な代理権をカニングに与えることに。
これにより、カニングの中で、聖職者にあるまじきダークな本性がむっくりと頭をもたげました。
教会の牧師として信者を導く一方で、カニングは代理権を濫用してグリース夫妻の金を少しずつ横領し、遂には彼らの所有する不動産まで売却。
1994年12月、自分たちの口座から多額の預金が減っていることに気づいたグリース夫妻は、カニングに詰め寄ります。
その数週間後の1995年1月2日、夫妻の住む家に侵入したカニングは、90歳の老人二人を亡き者に。
その後、何事も無かったかのように友人と食事を済ませて帰宅しました。
後日、グリース夫妻の葬儀が行われた際、カニング牧師はその弔辞の中で、二人とは非常に親しい間柄だったので、まるで本当の両親のようだったと語っています。
それから程無くしてカニングは逮捕され、第一級殺人により有罪となり、終身刑が言い渡されました。
4 才能ゼロのホッケー選手の裏稼業
ルーマニアが民主化される直前の1988年、貨物列車に隠れてハンガリーへと亡命したアッティラ・アンブラスという男がいます。
様々なアルバイトで食いつないでいた彼は、あるとき、アイスホッケー代表チームの練習場で用務員として働き始めました。
彼自身はホッケーの経験は無し。
にも関わらず、何を血迷ったか、アンブラスはホッケーチームの入団テストを受けます。
案の定、彼のプレーは酷いもので、チームのメンバーからは嘲笑され、罵られ、果ては暴力まで振るわれる始末。
しかし、尋常ならざる根性でテストを受け続けた結果、彼は遂にゴールテンダー(ゴールキーパー)として選手に採用されたのです。
ただ、選手になったからといって急に腕前が上がるわけもなく、ある試合では一方的に23点も奪われるほどのダメっぷりを晒すことに。
もっと練習が必要なのは明らかですが、彼にそんな暇はありませんでした。
何故なら、ホッケーをやっていない時、アンブラスは強盗を行っていたからです。
1993年に郵便局から現金を盗んだのを皮切りに、銀行や旅行代理店などを狙って犯行を続け、6年後に逮捕されるまでに盗んだ金の総額は、およそ100万フォリント(約5400万円)。
「強盗」とは言うものの、アンブラスの犯行は極めて紳士的で、決して誰も傷つけること無く、それどころか、警察にワインのボトルを贈ったり、銀行強盗の際には女性行員に花束をプレゼントしたりしていました。
あまりに有名になり、ちょっとしたヒーローと化していた彼は、1999年にようやく逮捕されます。
そして強盗の正体が、アイスホッケー史上最悪のゴールテンダーだと分かり、国民は驚きとともにそれまで以上にアンブラスを英雄視するようになりました。
逮捕から6ヶ月後、彼は脱獄を成功させ、逃亡生活を送りながら相変わらず強盗をやっていたのですが、犯行現場に残した証拠から隠れ家を発見され、再び逮捕。
裁判で懲役刑を言い渡されましたが、2012年に仮釈放が認められ、現在は陶器を作って生計を立てているそうです。
5 自分の犯した事件を捜査する警察官
1951年、スウェーデンの田舎町サクストープで、住民を恐怖させる事件が発生しました。
被害者はジョン・ニルソンという男性で、犯人は、家に侵入して彼を殺害した後、金目の物を盗んでから、証拠隠滅のために火を放って家を全焼させていたのです。
極めて残忍な事件であることから、一刻も早く犯人が逮捕されることを望む住民は、警察に強い期待を寄せます。
そしてその期待を一身に背負うこととなったのが、トーレ・ヘディンという辣腕の警察官。
(ウィキペディアより)
ニルソン殺人事件の捜査を取り仕切ることになった彼は、捜査の進展について公の場で発表することもありました。
しかし、彼こそがこの事件の真犯人であることを、この時はまだ誰も知りません。
ヘディンの異常な犯罪は、この事件を起こす8年前、彼が16歳の時からすでに始まっていました。
地元の醸造所に忍び込み、オート麦などを盗んでは、痕跡を消すために建物を丸ごと燃やしていたのです。
しかし、こうした犯罪を犯す一方で、ヘディンは警察官としては非常に優秀でした。
1951年11月28日には、彼の功績を称えるための表彰も行われています。
同じ日、表彰が終わるとヘディンは友人のジョン・ニルソン宅へと向かい、二人でポーカーをして時間を過ごしました。
その直後、先述の事件を起こしたのです。
その後も彼は、あくまで誠実に仕事をこなす警察官を装っていましたが、1952年の夏、恋人から別れ話を持ち出されたことに激昂して彼女をピストルで脅します。
そしてこれが原因となり、彼は警察をクビになりました。
仕事が無くなった殺人鬼のやることは、もはや一つしか残っていません。
彼はまず自分の両親の住む家に行くと、その家に放火。
続いて、別れたばかりの元カノの勤め先である老人ホームに侵入し、そこでも建物に火を放ちました。
これだけのことをやらかせば、流石に警察もヘディンの正体に気づきます。
捜査の結果、湖のそばでヘディンの車が発見され、フロントシートには遺書がありました。
遺書によると、彼が両親を殺したのは、自分の犯した罪によって二人を苦しめたくなかったから。
その後、湖の中からヘディンの遺体が発見されています。