命の危険
にさらされながら、それでも生き延びるという経験は、滅多にできるものではありません。
だからこそ、無事に生還を遂げたときには、以前よりも、生きることに対して積極的な態度になることがあります。
当たり前に生きていた自分の存在が、当たり前ではないことに気付かされ、命の有難みを実感するからかも知れません。
しかし、一度命の危険を脱しても、再び同じような危険にぶち当たることもあり、その場合、二度目の生還が叶わないという悲劇が待っている可能性もあります。
〈originally posted on December 20,2019〉
1 ガンに打ち勝った直後の交通事故
スコットランドのへレンズバラにある学校で教鞭を取るキャロライン・ネルソンは、2018年6月に「非ホジキンリンパ腫(悪性リンパ腫の一種)」というガンであると診断されました。
当時45歳だったキャロラインは、病院での治療が始まると、その闘病生活をフェイスブックで綴り始め、毎日のように内容を更新。
それから数ヶ月後、彼女はガンを克服し、いつでも職場へ復帰できるまでに快復しました。
フェイスブックでキャロラインの病状を把握していた学校の同僚や生徒たちも、彼女が戻って来るのを心待ちにしている状態。
そして、いよいよ学校に出勤する当日、彼女は運転中に他の車と衝突しました。
相手の車に乗っていたのは、年配の夫婦。
その夫婦は病院に運ばれて一命を取りとめましたが、残念ながらキャロラインは助かりませんでした。
2 「不死身の女性」でも勝てなかった菌
イングランド南西部サマセット州に住むアイビー・べスリーは、まさに不死身の女性と呼ぶに相応しい人でした。
1973年にスイスで飛行機墜落事故が発生した際、108人が死亡し、36人が負傷する大惨事となりましたが、乗客の一人だった彼女は、片方の腎臓と肋骨二本を失うことになったものの、生還しました。
さらに、若いときに結核を患い、その後、ガンにも苦しめられ、心臓バイパス手術も経験しましたが、それらの試練を全て乗り越えてきたのです。
しかし、2007年、74歳のべスリーが、ごく簡単な手術を病院で受けたことで、運命が大きく変わります。
手術は成功しましたが、彼女は「クロストリジウム・ディフィシレ菌」に感染し、それが原因で死亡しました。
病院内にいたにも関わらず、べスリーは何故このような危険な菌に感染したのか。
彼女の息子の話によると、彼が病院を訪れたとき、看護師が手を洗うことなく複数の患者を担当するなどして、衛生状態に問題があったとのこと。
つまり、ずさんな衛生管理が、菌の感染を招いたというわけです。
これに対し、病院側はその主張を否定。
真実は定かではありませんが、個人的には息子の見解に分があるように思います。
3 脳腫瘍を摘出した後に待っていたイジメ
米国オハイオ州在住のベサニー・トンプソンという女の子は、2008年、まだ3歳のときに脳腫瘍が発見されました。
しかし同じ年、腫瘍の摘出手術が成功し、さらに、放射線治療を受けることで、健康上の不安要素は完全に消滅。
ただし、健康とは直接関係の無い部分で、ある不安要素が残りました。
手術のときに受けた神経系統へのダメージが原因で、彼女の口元は、常に右半分が引きつったような具合になったのです。
2016年、トライアド・ミドルスクールの6年生だった11歳のベサニーは、男子生徒たちからの1年以上に及ぶイジメに耐えきれず、自ら命を絶ちました。
4 落雷の直撃にも耐えた男の意外な死因
2019年8月、インド南東部オリッサ州にあるパマラ村で、市場にいた男性二人が、落雷の直撃を受けました。
雷を食らった場合の死亡率は、一般に10~30%とされていますが、生存できたとしても重傷を負うことがほとんど。
幸い、その二人の男性は、命に別状はありませんでした。
後は、病院で適切な治療を受けるだけ。
ところが、この村では、ある奇妙な方法で治療を行う習慣があったのです。
その習慣に従い、雷に撃たれた一人が地面に寝かされ、全身に大量の牛糞をかけられました。
これがなぜ治療になるのかは謎ですが、この地方に伝わる一種の迷信であったと考えられます。
牛糞によって生き埋め同然の状態にされたその男性は、数分後に呼吸が停止し、そのまま窒息死。
もう一人の男性は、普通に病院で手当てを受け、その後快復しました。
最初から二人とも病院に運べばよかったのは明らかですが、この事故は、村の古い習慣がそう簡単には変えられないということをよく示しています。
その証拠に、オリッサ州では、2018年と2017年にも、それぞれ別の村で、同じように牛糞による「治療」を受けたために死亡した犠牲者がいるのです。