これからご紹介する食生活を超えるような狂った食生活は無いと断言できます。
普段どんな物を食べているかで、その人の生活習慣などはだいたい想像できてしまうものです。
一人暮らしの男性の場合、毎晩カップ麺で済ませる人と、簡単な料理をする人とでは、その人に対するイメージも違ってきます。
もちろん、健康面にも大きく関わってくるものですから、食生活は日々の生活においてかなり重要な要素と言えるでしょう。
と、こんなことを偉そうに書いている筆者の食生活は、今回の記事に含めても違和感が無いほど酷いわけですが……。
〈originally posted on November 5,2018〉
1 ストーン・イーター
イタリア人兵士だったフランシス・バタリアという男は、戦場で輝かしい活躍はしませんでしたが、その奇妙な食生活によって歴史に名を残すこととなりました。
彼が好んで食していたのは、石です。
付いたニックネームは、何のひねりも無く、「ストーン・イーター」。
彼は、よくビールとともに石を胃袋に流しこんでいたとか。
石に病みつきなったきっかけは不明ですが、石や土に対する食欲が生まれる原因は、体内でミネラルが欠乏することにあるとも言われています。
原因が何であれ、石ばかり食べていても何の足しにもならない気がしますが、しかし、バタリアは実際に石から栄養を得ていたのではないかとする文献もあるのです。
ちなみに、土を食べることに関しては、そのメリットの有無について学者の間でも意見が分かれています。
ただ、仮に土を食べて何らかのメリットがあるとしても、そこら辺の土を食べるのは、動物の糞を介して寄生虫卵を取り込みかねないので危険です。
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2 ダーウィンの希少種狩り
チャールズ・ダーウィンと言えば、19世紀に活躍したイギリスの博物学者であり、「進化論」を提唱したことで有名です。
ケンブリッジ大学で研究に明け暮れていたころ、彼は「グルメ・クラブ」なるものに籍を置いていました。
このクラブの目的は、世界中の珍しい生物を食べ尽くすこと。
南アメリカに一狩りいったとき、ダーウィンは、アルマジロやアグーチ(テンジクネズミのような生物)、ピューマなどを捕獲し、ディナーの食材にしました。
さらに彼は、「レア(リーア)」という、ダチョウのような生物を同じく南アメリカで発見。
レアには幾つかの種類が存在し、ダーウィンが見つけたのは、その当時、存在することは知られていたものの、まだ学術的な研究がなされていなかった、希少種のレアでした。
研究にとって非常に貴重なそのレアを、そうとは気づかず彼は鍋の中に放り込みます。
しかし、半分ほどレアの肉を食べた時点で、それが希少種のレアだと気づき、残りの肉を研究のためにイングランドに持ち帰ったとか。
あらゆる生物を自分の胃袋に入れたいという欲求を、この時はなんとか途中で抑えることができましたが、いつもそうとは限りません。
あるとき、研究素材としてゾウガメを船に乗せていたところ、船が港に着く頃には、48匹のゾウガメの全てがダーウィンの胃袋の中に消えたという逸話が残っています。
3 自動車王の雑草サラダ
大量生産方式を採用した「Model T」自動車により、車を庶民でも手の届く価格で販売し、アメリカ人の交通手段に革命を起こした人物と言えば、ヘンリー・フォードです。
後に「自動車王」と呼ばれるまでに成功を収めた彼の食生活はどのうようなものだったのか。
少年時代のフォードは、食べ物に対してほとんど興味が無く、かなり少食だったとか。
ところが、あるときを境にして、彼は自分の体をまるで自動車であるかのように捉え始めます。
体全体を車体とするなら、胃はまさにボイラー。
このときからフォードは、その「ボイラー」に最高の栄養を供給しようと決意。
普通に考えれば、栄養価の高い肉や野菜などを摂るはずですが、革命を起こすような大物は考えることがやはり違います。
彼が「主食」として目を付けたのは……。
雑草です。
雑草魂を持っていたという話ではなく、庭とか空き地とか、そこら中に生えている雑草です。
すでに年収が100万ドルを突破していた男が、自宅の庭に生えている雑草をサッと茹でてから、サラダやサンドイッチに使用していたのです。
仕事上のパートナーは皆、フォードの食生活の実態を知ると、かなり引いていたとか。
雑草メニューの効果かどうかは分かりませんが、83歳でその生涯を終えるまで、フォードはほとんど病気を患うことが無かったそうです。
4 ミルク好きの独裁者
独裁者の摂る食事は、一般庶民の想像もつかないような豪勢な料理ばかりとは限りません。
例えば、イタリアの独裁者ベニート・ムッソリーニ。
慢性的な胃痛に悩まされていた彼は、その痛みを和らげるために、よく大量のミルクを飲んでいました。
この習慣はどんどんエスカレートしていき、遂にムッソリーニは、ほぼ一年間ミルクとクラッカーだけで過ごしたとされています。
小学生が学校から帰ってきて食べるおやつのような食生活は、ムッソリーニ自身も相当恥ずかしかったようで、この事実を隠そうと必死だったとか。
「完全栄養食」などと称されることのある牛乳ですが、牛乳にばかり頼りすぎた彼は、後に肝炎を患い、さらに、腸内にカルシウムが蓄積したことで便秘にも悩まされました(ちなみに、牛乳は完全栄養食ではありません)。
5 鳥の脳みそ600個
であるヘリオガバルスという男(というか、少年)の名前を記憶しておいても、世界史の試験で役立つことはまず無いでしょう。
功績らしい功績はほとんど残しておらず、むしろ彼はローマ帝国を破産させたような人物です。
金が無尽蔵にあるかのような散財ぶりは、周りの大人たちを驚かせていましたが、特に酷かったのは毎度毎度の贅を尽くした食事。
高価な食材を使うのは当然ですが、仮に食材がそこまで高価ではない、米などの場合、彼は料理の上にわざわざ金粉をまぶしていたとか。
ヘリオガバルスの4年間に渡る任期において、1万セステルティウス(約10万円)を下回るような食事が出されることは一度も無かったとされています。
さらに彼は、鳥の脳みそに目がなく、ツグミやオウム、クジャク、キジなどの脳みその味を堪能していました。
あるときには、600頭分のダチョウの脳みそを用意させ、それらを完食。
これだけ異常な生活を続けていれば、敵を作るのに時間はかからなかったようで、皇帝の座に就いてから4年後に彼は暗殺されています。
6 自分が殺した動物しか食べない
ここ最近、色々と試練の時を迎えているフェイスブックの創設者マーク・ザッカーバーグは、毎年ユニークな目標を立てることで有名です。
例えば、2009年の目標は毎日ネクタイを着用すること、2010年は毎日中国語を勉強することでした。
そして、2011年には、「自分が食べる肉は、全て自分が殺した動物のものしか食べない」という目標を立てました。
ザッカーバーグが『フォーチュン』誌に語ったところによると、人々が肉を食べるとき、生きていた動物の肉を食べているのだという事実から目を背けがちなことについて、無責任だと彼が感じたのが、この目標を思いついたきっかけなのだとか。
我々は、動物を殺してその肉を得ているのだということに責任を持ち、生き物に感謝の念を抱くことが重要であると彼は考えているのです。
そして、自分で仕留めた鶏・豚・ヤギなどの捌き方について、プロのシェフから手ほどきを受け、ザッカーバーグは、自分で殺した動物の肉を食べる生活を続けたそうです。
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7 ベートーヴェンの「卵グレネード」
聴覚を失っても数々の名曲を残した、ドイツの作曲家ベートーヴェンは、スープに対する愛情が尋常ではない、という変わった一面を持っていました。
スープに対する彼のこだわりによって甚だ迷惑を被っていたのが、料理を用意する家政婦たち。
スープの味について家政婦と意見が合わないと、ベートーヴェンは彼らへの非難を書面にして送ることもあったとか。
そんな彼が特に気に入っていたスープの一つに、卵スープがあります。
毎週木曜日、パンを煮込んだスープの中に、10個の卵を投入し、かき混ぜながら食べるのです。
その際ベートーヴェンは、生卵を一つずつ手に取ってランプの光にかざし、ためつすがめつ眺めてから殻を割り、卵が新鮮かどうかをチェックしました。
そして、卵が新鮮でないと分かると、調理を担当した家政婦を呼び、説教開始。
このとき、その家政婦は説教を軽く聞き流しながら、体の全神経を研ぎ澄ませ、いつでも逃げられる体勢を整えます。
何故なら、この説教が終わるやいなや、ブチ切れたベートーヴェンが生卵を家政婦に目掛けて投げまくるという恒例イベントが発生するから。
当時、ベートーヴェン宅で家政婦をしていた者たちにとって重要だったのは、美味しいスープを作ることと、新鮮な卵を用意すること、そして、「卵グレネード」を食らわないための並外れた瞬発力です。