人間の内面
についてよく知ることは、自分自身のことを知ったり、社交的なスキルを上げたりする上で有益です。
ただ、そう簡単に人の内面が分からないのもまた事実。
そこで、人の内面という厄介なものを解明するために、心理学などの研究が活きてくるわけです。
しかし、我々が他人のことを知る手段として科学的な根拠があると信じているものの中には、ほとんど信頼性の無いものもあるので注意が必要です。
〈originally posted on September 29,2018〉
1 血液型で性格を知るのは少々無理がある
「B型の人って性格ひねくれてるよねーwww」
「O型の人ってさ、とにかく大雑把で困るわー草」
「A型の奴って真面目すぎて付き合いにくいよねーwww」
日本人が血液型と性格を強く結びつけて捉えることは、海外でもよく知られています。
しかし、科学的な根拠に乏しいことから、海外で血液型にこだわる人はごく少数派。
ノーベル生理学・医学賞を受賞した利根川進博士は、かつて血液型と性格との関連性について記者に聞かれたとき、「ナンセンス」と切り捨てたとか。
また、日本人とアメリカ人を対象に行ったある研究によると、血液型が性格に影響を与える割合は、0.3%だそうです。
この数値をどう解釈するかは人によって異なるかも知れませんが、血液型と性格との関係を、真面目に考えすぎるのは、やはり「ナンセンス」と言うべきでしょう。
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2 犯人の行動からその犯人の人物像はまず分からない
犯罪捜査の手法の中には、犯人の行動パターンを参考にしてその人物像を明らかにしようとするものがあり、心理プロファイリングなどと呼ばれます。
誘拐や殺人などの事件の容疑者がなかなか特定できない場合、現場に残されたわずかな手がかりから犯人の取った行動を読み取り、それによって犯人の性格や人柄に迫るのです。
この捜査法は、人間の性格がその行動に反映するという考えに基づいています。
しかし、心理プロファイリングは、その理論の正当性が科学的に証明されておらず、現在ではそれほど信頼性は無いという見方が一般的です。
3 周りのドライバーが全員下手に思えるのは単なる錯覚
普段、車を運転する人であれば、誰しも他のドライバーにイライラさせられた経験があるでしょう。
何故イライラするのかと言えば、他のドライバーの運転が「下手くそ」だから。
しかし、おそらく他のドライバーも、こちらのことを下手くそだと思っているはず。
そうなると、ほとんどのドライバーは、周りを下手だと一方的に決めつけ、自分だけがまともに運転していると思いこむ傾向が強いということになります。
このように、特定の能力やスキルについて、自分は平均よりも優れていると錯覚する傾向が我々にはあり、このことは、「レイク・ウォービゴン効果」と呼ばれることがあります。
この名称は、アメリカ人作家ギャリソン・ケイラーの作品に登場する架空の町の名に由来しており、その町の住人はあらゆる面で平均以上の能力を持っているのです。
1981年にアメリカとスウェーデンで、ドライバーを対象に行われたリサーチによれば、アメリカでは全体の93%、スウェーデンでは全体の69%が、自分は平均的なドライバーより運転が上手いと考えていました。
このような、自分を過大評価してしまう傾向は、車の運転以外にも様々な場面で現れうるとされています。
4 シャイな人は決して恋愛と無縁ではない
異性に対して積極的になれない人は、なかなか恋愛ができない。
そう考えるのが自然だという気がしますが、しかしそれを否定する事実もあります。
2007年にアメリカで発表された研究論文によると、男女問わず、ある人がシャイである度合いと、その人が素敵な恋愛をしているか否かは、特に関連性は無いそうです。
すなわち、シャイな人だから恋愛経験が少ないとは限りません。
「シャイなイケメン」と、「貪欲なブサメン」とを比較して考えてみると、恋愛の充実度は前者に軍配が上がりそうな気がしますから、良い恋愛ができるかどうかは、異性に対する積極性とはやはり無関係なのでしょう。
ちなみに、カップルのどちらかがシャイな性格の場合、相手に対する愛情がやや歪で病的な、いわゆる「ヤンデレ」のような関係に発展する可能性が高いそうです。
5 派手に失態を演じても周りは大して気にしていない
学校や職場にいるとき、何も無いところで豪快にコケてしまい、尻餅をつくと同時にカバンから所持品が一気に吐き出され、それらがそこら中に散らばったことに焦りながら周りをチラ見すると、哀れな生き物を見るような視線が突き刺さる。
こういう「事故」が起きた場合、コケたことによる体の痛みよりも、周りに恥ずかしいところを見られたという精神的ダメージの方が大きいでしょう。
家に帰ってからも、ドジな奴だと今も誰かが笑っているのではないかと不安に感じるかもしれません。
この点に関して、2000年に面白い実験が行われました。
被験者に恥ずかしいデザインのTシャツを着せて、その状態でしばらく過ごしてもらった後、周りにいた人の何人くらいがそのTシャツに気づいたと思うかを被験者に尋ねたのです。
すると、実際にそのTシャツに気づいた人の数の2倍の人が気づいたと被験者は思い込んでいました。
また、同じTシャツを来てグループ・ディスカッションに参加してもらい、その後、自分が周りからどう評価されたと思うかを尋ねたところ、実際よりも厳しい評価を受けたという印象を抱いていました。
これらの実験結果から言えることは、自分が恥ずかしい失敗を犯したときに、周りの人たちはそのことを当の本人ほどには気にしないということです。
にも関わらず、失敗した本人から恥ずかしさがなかなか消えないのは、「スポットライト効果」が原因。
我々は、自分は常にスポットライトに当たっている(即ち、注目されている)と考えがちなのですが、実際は、周囲の人々は他人のことをそれほど気にはかけないのです。
この「スポットライト効果」は、自分が失敗をやらかしても、周りはすぐにそれを忘れることを意味していますが、一方で、自分がチームに貢献するような活躍を見せても、やはりそれはすぐに忘れ去られることをも意味しています。
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6 胎児にクラシックを聞かせても賢くはならない
自分の子供が将来アホな人間になってもそれはそれでアリだと考える親はあまりいないでしょう。
たいていの親は、賢い子供を望みます。
子供が優秀な頭脳を持つかどうかは、脳内の神経ネットワークが加速度的に増加する幼児期における教育が特に重要な鍵となります。
そうであれば、子供がまだ母親のお腹の中にいる間にも、何らかの対策をすべきだと考える人がいても無理はありません。
90年代に、そういう親たちが飛びついたのが、クラシック音楽です。
胎児や生後間もない赤ん坊にクラシック音楽を聴かせることで、賢い子供に成長するのだと多くの人が信じていました。
1998年には、米国ジョージア州で、出産を終えた両親に、バッハやモーツァルトなどのクラシック曲を収めたCDが無償で提供されるサービスが開始。
その目的は、新生児にクラシックを聴かせることで、優れた頭脳を持つ子供に育てること。
クラシックを聴かせるだけで賢い子供になるのなら、こんなお手軽な方法はありません。
ところで、クラシック音楽が胎教にピッタリだというアイデアは、そもそもどこから生まれたのか。
クラシック音楽が頭脳に与える影響についての研究が大きく注目されたのは、フランシス・ローシェル博士が1993年に発表した論文が最初です。
その論文によって明らかにされたのは、モーツァルトを聴くことが、空間認識能力(迷路のパズルなどを解く能力)を一時的にほんの少し向上させる効果があるということ。
「一時的」というのは、具体的には15分程度です。
しかも、この研究において被験者となったのは、わずか36人で、彼らの中に子供は一人もおらず、全員が大学生でした。
つまり、幼児の頭脳を良くする効果があるなどとは一言も書かれていません。
ところが、ニューヨーク・タイムズ紙がこの論文内容に独自の脚色を加え、お腹の中の子にモーツァルトを聴かせると、賢い子が生まれるかのような印象を読者に与えたのです。
それ以来、モーツァルトの曲によって賢い子が生まれるという「モーツァルト効果」が広く信じられるようになりました。
というわけで、胎児にモーツァルトを聴かせても、それだけで頭脳明晰な子になることはないのです。
ただ、クラシック音楽には聴く人をリラックスさせる効果がありますから、妊婦のストレスを軽減させるという意味では、クラシックを聴くこと自体に何の効果も無いということではありません。