社会人になると、時々、学生時代を懐かしく思うことがあります。
例えば、何かの拍子に、「クラス替え」という言葉を耳にしたとき。
高校を卒業してしまうと、毎年、春のクラス替えのときに感じた、あの何とも言えないドキドキを味わうことは無くなります。
たかがクラス替え、されどクラス替え。
多くの人は、気の合う友人や、想いを寄せている人と同じクラスになれるかが気になるものです。
しかし、筆者の場合は、それとは全く異なります。
中学時代、僕は、「ある男」からどうしても逃れたかった。
学生生活にドス黒い影を落とすこの男から解放されるチャンスは、クラス替えのときにしか訪れない。
僕にとってクラス替えは、受験の合格発表と同じくらいに重要なイベントだったのです……。
〈originally posted on January 29,2021〉
1 生徒を絶望させる暴力教師
中学に入学したその日から、僕が一日も早く逃れたいと感じた相手。
それは、担任です。
音楽を教える、大柄な男。
名前は、仮に、ゲス男としておきましょう。
ゲス男は、体格も大きいが態度もデカく、教採試験に受かったばかりの新人のくせして、先輩の教員とよくケンカしていました。
そんなゲス男の最大の特徴は、暴力が半端ないこと。
毎日、些細なことでキレては生徒を殴り、誰も殴らずに終わった日は、一日たりとも無かったと記憶しています。
口頭で注意すれば十分と思われる場面でも、まずグーで殴る。
機嫌の悪いときは、生徒が床に倒れるまで殴る。
相手が女子でも普通に殴る。
とにかく殴る。
極端に気が短く、一人の生徒が授業中にちょっとよそ見をしただけで、怒り爆発。
「体罰祭り」の始まりです。
校則違反のズボンを穿いている男子生徒を見つけたときには、無理矢理そのズボンを脱がせて、パンツ一丁で廊下を歩かせたことも。
こんな、やりたい放題の教師ですから、生徒からの評判は最悪。
他のクラスの生徒から、「アイツがウチの担任でなくて本当によかったよ……」と言われることは何度もありました。
生徒を絶望させるこの暴力教師から逃れる方法は、もはやクラス替えしかありません。
そして、2年生に上がったとき、ようやく最初のチャンスが訪れたのです。
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2 待ちに待ったクラス替え
ウチの中学は、クラス替えが行われると、各クラスの名簿が掲示板にはり出されていました。
しかし、担任の名前だけは記載されません。
最初のホームルームで、新しい担任が教室に入ってきたときに初めて判明するのです。
僕は、担任がやって来るその瞬間を、緊張しながら待ちました。
あの暴力教師以外であれば、誰でもいい。
ゲス男以外なら誰でも……。
そう思っていたところに、ガラガラと扉を開けて入ってきたのは、正にそのゲス男でした。
終わった……。
もう一年間、この男と付き合わねばならない……。
そう思っただけで、全身から力が抜けていく。
ゲス男にとっては、教員生活2年目。
ひょっとしたら、2年目ということで、ゲス男の暴力も少しは弱まるのではないか。
そんな根拠の無い希望を抱いていたのですが、それは、いともアッサリと崩れ去りました。
ゲス男の暴力は、弱まるどころか、さらに磨きがかかる一方だったのです。
恐るべきことに、ゲス男の暴力の矛先は、同僚に向けられることもありました。
新年度から新たに赴任していた、ゲス男より一年後輩の数学教師がその被害者。
あるとき、この数学教師が作成した小テストの模範解答にミスが多かったことから、ゲス男は激怒し、生徒の前で彼の尻を蹴りまくったのです。
3 ラストチャンス
2年間、ゲス男の暴力が支配する学生生活に耐え、僕は3年に上がりました。
中学最後の一年くらいは、今までの苦しみから逃れたい。
そう思いつつ、掲示板にはり出された名簿を見て、自分の教室へ。
教室の中には、僕と同じく2年間の恐怖を味わった、ツイてない戦友が数人いました。
「担任、誰やろな」
「またアイツやったりして」
「3年連続は流石に無いやろ……ハハッ」
そんな会話をしていたのですが、全員、見事に顔が笑っていない。
もうすぐ教室の扉を開けるのがゲス男だったときの悪夢を想像すると、笑う余裕などどこにもありません。
果たして、運命の時はやって来ました。
扉を開けて入って来たのは、女性の先生。
他のクラスの生徒から、非常に優しいと評判だった先生です。
ついさっきまで死にそうな顔だった僕たちは、打って変わって破顔一笑。
ようやっと、「普通の学生生活」が送れる。
殴られる恐怖から解放される。
そう安堵した時、すでにフラグは立っていたのです。
女性の先生は、教壇の前で出席簿を広げるやいなや、「あ、しまった!」と一言。
続けて、「ゴメン、教室を間違えたわ」と言うと、そのまま扉の方へ。
そして、入れ替わるようにして入って来た人物が……。
ゲス男。
あぁ……終わった……。
3年連続か……。
もう一年間、あの恐怖が続くのか……。
このときの僕の心境は、決して大袈裟ではなく、死刑宣告に近いものがありました。
4 胸くそ悪い真実
ゲス男の暴力は、3年目もその勢いは全く変わらず、むしろより凶悪になっていきました。
受験勉強のストレスと、担任の暴力との板挟みによって、僕の神経はすり減るばかり。
この頃になると、ゲス男は、生徒を「生徒相談室」という教室に連れて行くことが増えました。
名前からして、その教室の本来の目的は、イジメや進路の悩みなどのデリケートな問題について、教師と生徒が膝を突き合わせて話し合うこと。
ところが、ゲス男の目的は、その教室内で生徒に体罰を与えることでした。
ゲス男の暴力は、生徒の保護者たちから問題視されてきていたので、他の生徒の見ている前ではなく、生徒相談室の中で暴力を振るっていたのです。
生徒の駆け込み寺としての役割を果たすべき教室が、懲罰部屋と化していたのは、皮肉な話。
月日は流れ、ゲス男によってもたらされる絶望に違和感を感じないまでに慣れてしまったとき、いよいよ卒業が迫っていることを知りました。
それを機に、ある日の放課後、僕は思い切って、ゲス男に次のように聞いてみたのです。
「ゲス男先生、3年連続、担任がアナタだったのは、単に俺の運が悪かったのか、或いは、何か他の理由があるのか」
この質問をぶつけたときの、ゲス男の陰険なニヤけ顔は、今でも忘れられません。
「あれは、お前の運の問題やない」
「クラス替えがある度に、俺の担当するクラスに無理矢理お前をねじ込んだんや」
……なるほど。
そういうことか。
つまり、ゲス男以外の教師が担当するクラスに僕が入っていた場合、この男は恣意的に生徒の「入れ替え」を行って、自分のクラスに僕を引き込んでいたということ。
となると、僕の運が悪かったわけではない。
その意味では救いがあるものの、それを帳消しにして余りある、救いの無い真実。
呆然とする僕の顔に、ゲス男は軽く笑いながら、タバコの煙をプハーッと吹きかけます。
言い忘れていましたが、この男は放課後になると、校内で堂々とタバコを吸っていました。
もちろん、許されるべき行為ではないのですが、ゲス男を止められる者は誰もいなかったのです。
それにしても、なぜ僕はゲス男のターゲットにされたのか。
その理由は、あえて聞きませんでした。
正直、もうどーでもよくなっていたからです。
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5 さらば、ゲス男
中学を卒業して以来、ゲス男には一度も会っていません。
中学の同窓会に僕が出席することは絶対に無いので、この先、死ぬまで会うことは無いでしょう。
学生時代に出会った「嫌な教師」は、社会人になってから振り返ると、なんだかんだで面倒見のいい先生だったことに気づくものだ、などと言う人がたまにいるのですが、それは何の根拠も無い妄言に過ぎません。
そんな教師が有り得るのは、マンガかドラマの世界だけ。
現実世界の嫌な教師は、どこまでも嫌な教師のままです。