推理小説には、真の完全犯罪と呼ぶべき事件は、滅多に存在しません。
次々と人が殺されていき、結局犯人が捕まらないまま終わってしまっては、読者のストレスが溜まりまくりだからでしょう。
一方、現実社会では、完全犯罪はそれほど珍しいものではありません。
許しがたい罪を犯していながら、逮捕を免れ、平然と社会生活を送っている者は、確実にいます。
或いは、逮捕され、裁判にかけられたものの、証拠不十分で無罪放免となった者もいます。
そして、今回ご紹介するのは、言わば両者の中間。
もう少しで完全犯罪を成し遂げた者たちの話です。
〈originally posted on July 15,2020〉
1 遺体の場所を、ご丁寧に地図付きで警察に教えた男
2001年から2002年にかけて、米国ミズーリ州セントルイスで、娼婦ばかりが狙われる殺人事件が多発しました。
警察の入念な捜査にも関わらず、犯人に結びつく有力な手がかりは、ほとんど皆無。
犯人像が全くつかめないまま、ある新聞は、このイカレタ殺人鬼の被害者は、9人に上る可能性があるという記事を掲載。
この記事を見て、怒りに打ち震えていた男が一人いました。
それは、モーリー・トロイ・トラヴィス。
その殺人鬼本人です。
この男が殺害した人数は、全部で17人。
被害者の数を実際より低くみられたことに不満を感じたトラヴィスは、新聞社に抗議の手紙を送りました。
手紙の中で、彼は、被害者の本当の数を暴露するだけでなく、まだ発見されていない17番目の被害者について、その死体の場所をバツ印で示した地図も同封。
その地図に従って警察が捜査を進めると、17番目の被害者が発見されたのです。
手紙の送り主が真犯人であることはほぼ確実となったわけですが、問題は、どうやってこの犯人の居場所を突き止めるかということ。
これに関して、トラヴィスは重要な手がかりを残していました。
それは、彼が同封した地図。
この地図は、ホテル予約サービス等を行っている、「エクスペディア」というウェブサイトからダウンロードされていたのです。
そこで、警察が、エクスペディア側にアクセス履歴の提出を求め、17番目の被害者が発見されたエリアについて、その地図をダウンロードしたIPアドレスを洗い出したところ……。
該当するIPアドレスは、たった一つだけでした。
そのアドレスこそが、正にトラヴィスのIPアドレス。
これによって、彼はアッサリ逮捕されました。
仮に、トラヴィスが新聞社に手紙を送っていなかったら、或いは、同封した地図を手書きで作成していたら、この事件は、完全犯罪に終わっていたかも知れません。
2 夫殺しの偽装工作をしくじって腰を骨折した妻
2009年、米国オレゴン州コーベット在住の、ヘイズリン・ストンプスという女は、夫の知らぬ間に、莫大な借金を抱える事態に陥っていました。
夫に借金のことがバレるわけにはいかない。
さらに、今すぐにまとまった金が要る。
この両方の目的を達成するため、彼女は夫を銃殺し、その死体を焼却。
その後、釣りをしている時の事故で夫が死亡したように見せかけるため、彼女は川に行って偽装工作を施していました。
しかしその際、運悪く彼女自身が橋から転落し、腰の骨を骨折。
このままでは、夫が釣りの最中に事故死したという話に疑いを持たれかねません。
そこでヘイズリンは、後日、自ら警察に赴き、夫が何者かに連れ去られたと告げました。
そのときのヘイズリンの話によると、彼女は夫と一緒にいるときに、二人組の男に襲われ、橋から突き落とされて腰の骨を折り、夫の方は、男たちに連れ去られてしまったとのこと。
この話に基づき、5日間に渡って大規模な捜索が行われましたが、夫のジェリー・ストンプスは、当然ながら見つかりません。
しかし警察は、ジェリーの血液が付着した銃を発見したのです。
もちろん、これによって直ちにヘイズリンが容疑者となるわけではないのですが、ただ、彼女は重大なミスを犯していました。
それは、男たちに襲われたときに腰の骨を折った、と言ってしまったこと。
彼女が腰の骨を折った日は、ストンプス夫妻が男たちに襲われた日よりも前であることが発覚したのです。
この矛盾点が命取りとなって、ヘイズリンは逮捕されました。
3 自らが殺した友人になりすましていた詐欺師
カナダの犯罪史において、最重要指名手配犯となった男に、アルバート・ジョンソン・ウォーカーという人物がいます。
1990年代、彼は、約70人から金を騙し取り、その総額は320万ドルを超えていました。
国外へ逃亡し、イングランドのハロゲイトという町に移住したウォーカーは、その地で、同じくカナダ出身のロナルド・プラットという男性と知り合います。
そして、テレビの修理工をしていたプラットと、共同で事業を開始。
1992年、祖国に帰りたいと言うプラットに対し、ウォーカーは、その旅費を全て出してやったのですが、その交換条件として、プラットの運転免許証や出生証明書などを預かることに。
プラットがカナダへ渡った後、ウォーカーは、それらの証明書を使って自分の名前をロナルド・プラットに変え、プラット本人になりすまして生活を送っていました。
ところが、3年ほど経ったとき、資金が底を尽きたプラットが、イングランドに帰国したのです。
なりすまし生活の障碍となるプラットを消すため、ウォーカーは彼を釣りに誘って海に行き、そこで殺害しました。
その2週間後、プラットの死体が、イギリス海峡で漁師によって発見されます。
プラットの身分はウォーカーによって奪われているので、本来なら、この死体は身元不明遺体となって、ウォーカーの完全犯罪が成立するはず。
しかし、ウォーカーは、プラットの死体を海に投げ捨てる際、致命的なミスを犯していました。
プラットがはめていた、ロレックスの腕時計を見落としていたのです。
警察は、その腕時計の示していた時刻から、殺害されたおおよその日時を割り出しました。
さらに、時計に刻まれたシリアルナンバーは、購入者に紐付けされているので、時計の所有者を特定するのは造作も無いこと。
所有者はもちろん、ロナルド・プラットです。
そして、この時点における「ロナルド・プラット」は、彼になりすましたウォーカー以外にはいません。
その後、ウォーカーは逮捕され、裁判で終身刑が宣告されています。
4 夫の朝食に毒を混ぜた妻
イングランドのリンカンシャー在住のエセル・メイジャーには、アーサーという夫がいましたが、二人の間ではいつも喧嘩が絶えず、夫婦仲は最悪でした。
その原因の一つは、エセルの妹であるオリオール。
このオリオール、世間的には「妹」ということになっていたのですが、実はエセルの婚外子。
エセルの両親は、スキャンダルを避けるため、その孫を自分たちの子、すなわちエセルの妹として育てたのです。
この事実をアーサーが知ってしまってから、二人の関係はますます険悪に。
それでも、とりあえず夫婦生活は続いていたわけですが、あるとき、謎のタレコミ情報によって、ご近所さんのローズ・ケトルワースという女性とアーサーが浮気していることを知ったエセルは、遂に堪忍袋の緒が切れました。
1934年5月22日、エセルは、夫の朝食に毒を盛ったのです。
それを食べたアーサーは、気分が悪くなり、病院で治療を受けましたが、数日後に死亡。
医師は、てんかんによる発作が死因になった可能性があると結論づけました。
このままいけば、エセルに完全犯罪が成立。
しかし、ここでもまた、謎のタレコミ情報が警察にもたらされ、アーサーが毒殺された疑いが浮上。
彼の死体を改めて調べたところ、猛毒のストリキニーネが検出されました。
捜査の矛先が、妻のエセルに向けられたのは、言うまでもありません。
ここからは筆者の妄想劇場ですが、取り調べを受けていたエセルと警察との間で、おそらく、刑事ドラマに超ありがちな、次のような会話が交わされたと思われます。
警察:「エセルさん、あなたの夫は毒殺された可能性があります」
警察:「そして、あなたは夫とあまり上手くいっていなかったとか」
エセル:「私は無実です! 夫がストリキニーネで殺されたなんて、初めて知りました」
警察:「なるほど、そうですか。でも、おかしいですねぇ」
エセル:「何がおかしいんです?」
警察:「我々は、あなたの夫がストリキニーネで死んだなどとは、まだ誰にも言っていないのですが」
エセル:「・・・・・・」
彼女は、警察しか知らないはずの、毒薬の具体名をうっかり口走ってしまったのです。
その後の捜査で、彼女が、父親の家からストリキニーネを盗み出していたことが判明。
裁判の結果、エセルには死刑判決が下され、1934年12月19日に、刑が執行されました。