世の中には、誰も進んでやりたくはないが、誰かがやらねばならない仕事があります。
間違いなくその一つに数えられるのが、犯行事件現場の清掃です。
天寿を全うして「安らかに息を引き取る」のは、おそらくほとんどの人にとって理想的な死に方でしょう。
しかし、誰もがそのような死に方をするわけではないのも事実。
誰かが悲惨な死に方をしたとき、多くの場合に避けては通れず、それでいてあまり注目されないものがあります。
それは、現場の清掃です。
床や壁に飛び散った赤い液体、真っ赤に染まったカーペットやソファ。
そういった物は放置しておくわけにはいきません。
誰かがキレイに掃除・撤去せねばならないのです。
今回は、殺人事件の発生率が特に高いアメリカにおいて、犯行現場の清掃を生業にしている人たちの経験する過酷な現実をご紹介します。
〈originally posted on March 28,2017〉
1 肉体と精神がタフでなければ出来ない仕事
この手の清掃業は、日本では「特殊清掃」と言われていますが、アメリカでは一般に「バイオハザード・クリーニング」などと呼ばれています。
心身ともにかなりタフな人でなければまず務まりません。
その理由の1つは、実際に作業を行うこととなる現場の状況が、ときに想像をはるかに超えて悲惨であること。
死臭に満ちた現場で、被害者の血液・体液を何時間もかけて拭き取る作業は、経験を積んだ者でさえ精神的にかなりキツイのだとか。
また、この仕事はしばしば相当な重労働を強いられます。
これには、洗浄しきれない物は基本的に全て裁断した上で廃棄せねばならないという事情が関係しています。
例えば、エレベーターの無い古いアパートの3階で事件が起きた場合、被害者のいた部屋から、血を大量に吸い込んだキングサイズのマットレスを1階まで運ばねばならないのです。
言うまでもなく、こういった作業を昼間に行うと、近所の子供たちの目に触れてトラウマ級の衝撃を与えかねません。
よって、日が落ちてからの作業を余儀なくされることがあり、睡眠時間がほんの数時間ということも珍しくないとか。
どこかで事件が起きればお呼びがかかる仕事のため、勤務時間が不規則になりがちで、体力的にも非常にキツイのです。
2 あらゆる痕跡を完全に消す仕事
犯行現場の清掃人に課せられた掟。
それは、現場に一滴たりとも血液を残してはならないということ。
フローリングに付いた血痕を拭き取り、見た目には全く汚れていなくても、それだけでは不十分です。
床の中まで染み込んでいる場合、その部分の板を切り取って処分する必要があるのです。
さらに、階下まで浸透しているおそれがあるなら、真下の部屋の天井まで剥がすことに。
また、家具などに付着した「汚れ」が完全に落とせない場合、それらも廃棄処分することになります。
よって、現場の状況によっては「清掃」というよりはほとんど「解体」作業のようになることもあるのです。
3 違法行為が珍しくない仕事
先ほど、汚れが除去しきれないものは廃棄すると書きましたが、1つだけ廃棄できない物があります。
それは、紙幣です。
ドル紙幣がいかに汚れていようとも、さすがにそのまま捨ててしまうわけにはいきません。
この場合、銀行で新しいお札と交換した後、汚れたお札は政府が廃棄します。
ところが、悪質な清掃業者はこの正規の手続きを踏みません。
清掃の過程で見つけたお金を自分の懐へ入れてしまうのです。
もちろん、汚れたままでは使用できないので、目立たなくなるまで洗います。
言わば、「真のマネー・ロンダリング」です。
4 夏に地獄を味わう仕事
犯行現場の清掃業にとって、最もキツイ時期はいつか。
それは夏です。
何日間も被害者が放置されていた場合、部屋の中は腐敗が進んだ臭いで充満しています。
炎天下の中、冷房も無く熱気のこもった部屋で、鼻が曲がりそうな悪臭に耐えながら作業を行うのは正に地獄。
さらに、滝のような汗が流れるので、トイレに行く必要はほとんどなく、また、体重もかなり落ちるそうです。
ちなみに、このときの匂いは、普通の臭さとは「次元が違う」のだとか。
特に強烈な匂いを発するのが、アルコール中毒の人が被害者の場合だと言われています。
5 意外な事実
アメリカは銃犯罪の多い国であるとはいえ、犯行現場の清掃人が仕事をするのは「殺人」があった場所だけではありません。
地域によって多少異なるでしょうが、全体的にみると、自ら命を絶つケースもかなり多いのです。
実際、アメリカで銃によって命を落とした人のうち、6割以上は殺人でも事故でもなく、上記の原因によるものと言われています。
そして、清掃人にとって、そのような現場の中で最悪なのは、ショットガン(散弾銃)が使われた場合。
通常のピストルが使用された場合に比べ、現場の状況の悲惨さが桁違いなのだとか。
6 命がけの仕事
犯行現場の清掃を仕事にするには、吐瀉物や糞尿などの処理に抵抗があってはまず務まりませんし、グロいものが苦手な人も作業を続けられないでしょう。
もっとも、汚い物もグロい物も何とも無いという人であっても、求人広告に気軽に応募できる職種ではありません。
その理由は、この仕事は意外なほどに危険がつきまとうからです。
激しい争いが行われた末に人が犠牲になった現場の場合、割れたビンやガラスの破片が床に散乱していることも珍しくありません。
しかし、本当に危ないのはそういったことではないのです。
この仕事で特に注意せねばならないのは、感染の危険性です。
亡くなった被害者が何らかの病原菌を持っていて、尚かつその体から出た体液が衣類やマットレスにたっぷり染み込んでいることがあります。
また、注射器やその針が無造作に散らばっていることも。
そういった物を処分している最中に、手や腕に切り傷を負ってしまうと、感染の可能性が跳ね上がります。
単なる清掃作業には無い恐ろしさがここにあるのです。
実際に、亡くなった人がA型肝炎やMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)を抱えていたという例があります。
作業中に感染したと思われるときは、何ヶ月にもわたって血液検査を受けることに。
過去にはそういった感染が原因で作業員が命を落とした例もあります。
また、犯人がまだ捕まっていない場合は、警察から拳銃の携行を勧められることもあるとか。
これは、現場の清掃中に命を狙われる可能性が無いとは言い切れないためです。